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映画「アイスと雨音」と、主題歌「遠郷タワー」について


監督:松居大悟×音楽:MOROHA


映画「アイスと雨音」を観た。





初めて聴いたMOROHA

俺がMOROHAを初めて聴いたのは、大学2年生の終わりくらいだった。バンドをやっている友達のライブを観るために、本八幡にあるライブハウスに向かっていた。ライブは18時半からだったが、18時前には駅に着いていた。コンビニでファミチキを買った後に、その友達がインスタに挙げていたApple Musicのスクショをふと思い出した。そのスクショがMOROHAの「遠郷タワー」だった。

その投稿を思い出して、なんとなく彼に会う前に聴いておくか、とAppleMusicで「遠郷タワー」と検索した。語り口調から始まる曲を聴いたのは、その時が初めてだった。

一度だけ たった一度だけ

あの街へ帰ろうと思った事がある
いつだって電話越しに「もう帰って来なさい」
って言っていた母が初めて俺に
「悔いの無いように頑張りなさい」
と言った時 皮肉にも母の元へ帰りたいと思いました
俺は親不孝者でしょうか
東京から遠い故郷へ

MOROHA「遠郷タワー」

バンドをやっている友達が教えてくれた曲だったので「MOROHAはロックバンドである」という先入観があった。最初は語りから始まって、その後にメロディーが入るんだな、と思っていた。いつ歌うのかなと聴いてたら曲が終わってビックリしたのを覚えている。当時の自分はポエトリーリーディングという音楽ジャンルがあるのすら知らなかった。

5分程して音が止んだ後、さっきと同じ声で「一度だけ たった一度だけ」と聴こえてきた。そのままもう一度聴いた。HIP HOPなのかラップなのか、今聴いている音楽が何のジャンルに属するのかは分からなかったけど、歌詞の解像度がやけに高かったこと、ギターの音色がものすごく綺麗だったことと、サビのフレーズが鮮明に残っていることは確かだった。それが、初めて聴いたMOROHA。

そこから「遠郷タワー」を何度か聴いて、MOROHAの他の曲も聴くようになった。「tomorrow」と「革命」を知って、アルバムを繰り返し聴くようになった。2018年から現在まで、彼らの色んな曲を好きになった。「スペシャル」「バラ色の日々」「米」「拝啓、MCアフロ様」「主題歌」。

MOROHAはガツガツとした曲よりも、ギターメロディーが柔和であり、直接的な歌詞でなくリリカルで少し泣けるような曲が好きだ。それは初めて聴いた曲が「遠郷タワー」なことが影響しているのだと思う。


「アイスと雨音」を観た

そして先日、「遠郷タワー」が主題歌になっている映画「アイスと雨音」を観た。

2017年、小さな町で演劇公演が予定されていた。オーディションで選ばれ、初舞台に意気込む少年少女たち。しかし、その舞台は突如中止となった―

音楽は、ラップグループ・MOROHAが劇中で生演奏。実際の出来事を基に、“現実と虚構”“映画と演劇”の狭間でもがく若者たちの1ヶ月間を、74分ワンカットで描いた青春譚。心が折れたことのあるすべての人へ。覚悟を胸に駆け抜けた映画が今はじまる。

アイスと雨音 オフィシャルサイト「Introduction.」より引用

ある公演のオーディションに合格した6人の中学生が公募劇団にて過ごす様を、公演1か月前から本番当日まで追っていくドキュメンタリー映画だ。74分ノーカットなのが凄まじく、その結果として一瞬も目を離せなくなるような集中力が映画に付与されている。そしてそれはMOROHAを生で観た時の感覚とすごく似ている。

(ここからネタバレを含む)


映画のパートは大きく3つに分けられる。MOROHAパート、現実パート、演劇パート(演劇パートではアスペクト比が変わる)。公園の1か月前から当日までを追っていく映画でありながらワンカットな為、カットでの場面転換が無い。場面や時間が変化したことを知らせるカットの代わりに、画面に白い文字で「2週間前」と時間列を直接掲示してくれる。始まってすぐのタイミングでは時間が進んだことを上手に呑み込めなかったが、いつの間にか自然と受け入れている自分がいた。映画の中で文頭で挙げた3つのパートが交錯しながら進んでいくので、こういう作品なんだなと納得してしまったというか。戯曲を基に作成されているとあって、映画というよりも演劇に近いのかもしれない。

劇中で彼らが練習している戯曲の内容は掻い摘んでしか伝えられないのでそれ自体の面白さは分からなかった。ただこの映画の主題は「演劇の公演が中止という挫折から、中学生が発起する様」なので、演劇自体の内容はそこまで求められる必要はない気がしている。

演劇の内容とMOROHAの歌詞がマッチしている個所や、MOROHAアフロがカメラ目線で放つ「今この映画を冷ややかな目で見ているそこのお前 どうかそのままで」というメッセージ。本番前に田中怜子が口にする「わたし今ここに居れて幸せ」という台詞など、本気の言葉が随所に出てくるのが良かった。

BGMとしてしか存在してなかったMOROHAが板の上で「四文銭」を歌う最後だけ、皆から認識されてる演出が好きだった。皆が舞台に上がった時の拍手の音が雨音と同じように聴こえるのも好きだった。「四文銭」が流れてからは、もうずっと泣いてしまっていた。



「遠郷タワー」のMVと、上京してみたかった人生

観終わった後で、主題歌「遠郷タワー」のMVを観た。

作中の登場人物の一人である田中怜子(現在は田中なつに改名)が「アイスと雨音」に臨む数か月間を記録したMVだ。彼女がこの映画のオーディションを受けている場面からMVは始まり、結果を告げる電話が彼女の元にかかった後、「遠郷タワー」が流れる。

元々このMVの存在は知っていたのだけれど、「アイスと雨音」の本編を観てからみるこれは、あの映画が創作物であることを自覚させた。台本の読み合わせや稽古場面、キャストとスタッフの裏側、74分を完遂するための取り組みがMVには写っていた。

そして、大阪から単身東京へ乗り込み女優として挑戦をする彼女と「遠郷タワー」の歌詞には、どうしたって重なる部分が多い。彼女もMOROHAも、夢を叶えるために東京に来ている。

「良かった 本当に良かった 故郷を捨てて あの街を捨てて しがみつく手を振り切って良かった」言えるようにならなくちゃ
「良かった 本当に良かった 故郷を捨てて あの街を捨てて しがみつく手を振り切って良かった」と 言えるように

MOROHA「遠郷タワー」


それにしても、東京を目指してきた人や歌や物に触れる度に、実家から電車ですぐの場所に東京があった自分の環境を恨み、ああ俺も上京してみたかったなあと何にもならない気持ちになる。地方や田舎で育ち、進学や就職を機に東京に来ていたとしたら、今と同じ場所で同じ時間を過ごしていたとしても、もう少しマシな自分になれていたんじゃないか、と。

ただ、こんな風に今の現状を周りのせいにしてしまう自分だったとしても、生きていくしかないよなあと、この映画を観た後なら思える。思わされてしまう。


なんとなく満足していない日々が、今日もえげつない速度で過ぎていく。この毎日を続けた先には、反吐が出る位の平凡な将来が待っているかもしれない。それを許せるのか、諦めきれるか、なんとなくの満足していない日々に満足できるのか。今の自分にはそれは分からない。どうしたらいいのか、なにをするのが正解なのかも。

それでも、生きていくしかないことだけは確かだ。それをMOROHAはいつも教えてくれる。彼らのように、俺も最後には笑えるように、いや、最後まで笑っていられるように、これからも東京で生きていきたい。

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