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2歳児が初めて話した二語文「ぱぱのかみ」の意味【ライター子育てエッセイ#3】

●30歳すぎまで毎日フルボッコだった実家ぐらし時代

お風呂に入ったあと、残った髪の毛が汚い!

両親、きょうだいから、ほぼ毎日怒られていました。30歳まで実家に住んでいた間(24歳〜26歳は海外でひとり暮らし)は、フルボッコでした。風呂に入ったあとが汚い、気持ち悪いと。

うるせーなと思いつつ、仕方ないのでちゃんと拾い集めて捨てたつもりでも、まだ残っているらしく、本当に毎日怒られてたんですよ。

ただ、飲食店で出された皿に髪の毛が入ってても、そんなに嫌な気持ちにならないし、クレームを入れたこともないので、一般的な基準からいえば、きれい好きなほうではないと思う。

だから、自分の髪の毛が残っていることも、わりと見過ごしてしまっていたのだと思う。

●「そんなんじゃ社会でやっていけないぞ」という呪いの言葉

片付けが極度に苦手で、週刊誌の「汚部屋を掃除して、出てきたものをメルカリに出品して儲けよう」的な企画に、自室が掲載されたこともあります。一応、部屋で食事はしないので、生ゴミ的なものはなく、書籍や雑誌、服で埋まってました、といういいわけもしておきたい。

自分の部屋に服と書類、本が積み上がり、足の踏み場がなくなり、その高さがどんどん上がっていくと、「喘息になるから片付けろ」と怒られる。「お前のために言っているんだ」と。

リビングにものを置き忘れては、怒られる。特に父からは「お前な、そんなんじゃ社会でやっていけないぞ」と言われ続けて生きてきた。自分はだめなやつだ、社会では認められない存在なのだという、呪いの言葉を浴びせられ続けてきたのだが、結論からいうと、“そんなん”でもやっていける場所は、社会のなかにはあった。

実際、いま一緒に暮らしている妻は、風呂にぼくの髪の毛が残っていることで怒ったことは一度もない。ぼくほどではないが、風呂に妻の髪の毛が残っていることもあるし、それで怒ることもない。聞いてみたところ、「そんなに気にならないし、もっと頑張ってほしいことは別にある」というのだ。

自分のだめな部分も、そこまでだめだと思わない人もいるので、家族や会社、友人など、まわりから攻撃され続けてつらさを感じる人も、さがしてみれば、おちつくところをみつけることができるはずだと思います。

●2歳の我が子が初めて話した2語文は「ぱぱのかみ」

さて、この文章がどう子育てエッセイにつながるのかというと、ようやく掃除ができないことで罵倒されなくなったはずなのに、2歳になったばかりの我が息子が、やたらきれい好きなのである。

わりかしおもちゃの片付けが得意だし、風呂にぼくの髪の毛が浮かんでいると、「かみ」といって、器用に1本の髪の毛を拾い上げて、渡してくれる。リビングでも、テーブルの下に落ちた髪の毛をつまんで、「かみ」と手渡してくる。

note_3のコピー

(写真)器用に髪の毛をつまみあげる2歳児の手。主に風呂とリビングで「ど〜じょ(どうぞ)」と手渡してくる事が多い。

浴槽のふちに抜けた髪の毛をまとめておくと、小さな手で精一杯水をかけて、シンクへ流そうとする。

妻も、よくリビングやベッドで一緒にいるときに「かみ」と髪の毛を手渡されるそうで、「ほこりを指で拾い上げて、指摘する鬼姑みたい」と語っている。

少し前になるが、2歳になる直前、生まれて初めて口から発した二語文は「ぱぱのかみ」だった。

なんとか言葉をひねり出してまで、早く捨ててほしかったのかな。ごめんごめん。なるべくお風呂に髪の毛を落とさないように、がんばります。

(終わり)

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●ライターの子育てエッセイ「そして、父になりつつある」について

30歳まで実家ぐらしで、家事能力はゼロの穀潰し。結婚や子どもを持つことなど考えもしなかった零細フリーライターが、覚悟も持てないうちから結婚し、子育てすることになったため、メモをもとに日々の暮らで思ったことをエッセイとしてつづる、零細ライターの育児日記「そして、父になりつつある」。

家事の分担で気づいたジェンダーの問題や、夫婦間の価値観のすり合わせの過程、子育てを通して思い出す親からうけた教育、子どもがゼロからなにかを学んでいく興味深い姿勢、そのかわいいエピソードなどがメインの予定です。

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