「三国志」あっち、こっちvol.2
男はつらいよ
国の違い関係なく、世の男性諸君は、奥方に頭が上がらないもののようです。あの乱世の英雄曹操でさえ例外ではありません…。(「魏書 卞皇后伝注」より)
曹操の妻である丁夫人には子供がいませんでしたので、側室が生んだ曹昴を実の子どものように可愛がっておりました。ある戦いで、不幸にも曹昴は父を庇って死んでしまいます。丁夫人は大声を出して泣き崩れたそうです。実の子でない分、愛おしさは募っていたことでしょう。
「貴方は私の子を殺しておいて、何とも思わないのですか!」
夫人はすごい剣幕です。辟易した曹操はこう言い返します。
「もういい加減にせよ。一度実家へ帰って頭を冷やせ」
そうは言いながら、夫人が気になった曹操。ある日彼女を迎えに行くことに。
「曹公がお迎えにみえましたよ」
と家人が言えど、丁夫人は知らん顔。
「こっちを向け、一緒に帰るぞ」
無反応。
「もうダメか?」
無反応。
「本当にこれでおしまいだ」
そう言うと曹操は彼女の実家を後にしました。
女の無言ほど怖いものはない
女性の無反応。これキツイですよ。嫁さんにやられると本当にきつい。もう何も進まないですから。あの曹操といえどもその洗礼を浴びてるんですね。魏の武帝と称され漢王朝を牛耳った男も、奥方の気持ちは何ともならなかったんです。帝王よりも怖いものはその奥さんという話でした。
曹操の失敗
丁夫人を実家へ帰したことは曹操の失敗でしたね。こういう場合、夫人の側で毎日顔を見ながら、何言うともなく本でも読んでいる方がよかったのではないでしょうか?「貴女の気持ちを察していますよ」オーラを出しながら。こんな場合、奥さんを実家に帰してしまうと100%良い結果は得られないでしょうね。相手が一旦冷静になってしまうと、恐らく夫への気持ちは切れてしまうでしょう。兵法を熟知した曹操であっても、女心は理解出来なかったんですね。まあもっとも、曹操でなくとも女心というものは、いつの世も男にとっては海よりも深く、山よりも高く、制するのは難しい代物なのです。
「三国志」の注について
今回取り上げた話は、陳寿の書いた「魏書」の原本には書いてありません。以前別のエッセーでお話ししたように、陳寿よりずっと後の時代、南朝宋の裴松之が原本に施した注釈の中にあります。陳寿はこのような”人間味”のある話は噂話の領域だと考え、採用しませんでした。そのことを憂えた南宋武帝は、裴松之に注釈を施すように命じました。彼は陳寿が採用しなかった資料から検討を加えて、自身のコメントを加える形で様々な話を原本に加えました。そのお陰をもって「三国志」は、今の私たちでも十分に楽しめるような肉厚な物語として存在しているのです。裴松之に乾杯!
おしまい