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結婚と、生活。日常を味わうということ。ー『いくつもの週末』(江國香織)を読んで

日曜日の朝。平日と変わらず9時前になると目が覚める。
横で寝ている夫はまだ目を覚ます気配がない。

平日の仕事の疲れが溜まっているのだろう。週末の夫はよく眠る。

彼を起こさないようにそっとベッドから抜け出して、寝室から自分の部屋へと向かう。
牛乳たっぷりのココアと、自分用に買っておいたチョコチップクッキーだけを持って。

部屋の本棚から読みかけのエッセイ、『いくつもの週末』を取り出して、言葉を噛み締めるようにゆっくりじっくり読む。

結婚2年目の江國香織が綴る、結婚生活。

私たちは、いくつもの週末を一緒にすごして結婚した。いつも週末みたいな人生ならいいのに、と、心から思う。でも本当は知っているのだ。いつも週末だったら、私たちはまちがいなく木端微塵だ。

p42

新婚生活は、スイートでビター。
幸福と不幸、ふたりとひとりを行ったり来たりしながら、その日常にはそこはかとない孤独感が漂う。

この本をはじめて読んだ時、まだ子供で男女の機微など理解できない13歳の私には、結婚って大変なんだな、なのになぜ人は結婚するのだろう、という疑問が残った。

でも、結婚2年目の今読み返すと、江國香織の言葉が、すっと心に入ってくる。

たとえば、こんな文章。

くっついているからこんなにかなしいおもいをするのだ。
ほんとうに、しみじみとそう思う。そうして、それなのにどうしてもついくっついてしまうのだ。二人はときどき途方もなく淋しい(一人の孤独は気持ちがいいのに、二人の孤独はどうしてこうもぞっとするのだろう)。

p41

新しい年がきて最初に顔をあわせるひとが夫だというのには憧れるけれど、新しい年がきて、最初に「会いたい」と思うひとが夫である方が、私には幸福に思える。夫に会いたくてせつなくなる朝が、一年に一度くらいは要ると思う。

p91

夫婦の数だけ結婚があり、一概にこう、とは言えないから、自分が結婚生活で感じる複雑な気持ちは言語化できないでいた。
夫のことが大好きで、愛している。結婚生活には幸福も不幸も、孤独感や寂しさもある。そんな気持ちをこのように書く江國さんは、やっぱりすごい、と思う。

「結婚は生活、日常」と、誰かが言う。
それはその通りかもしれない。

でも、「永遠に続く日常」をどう捉えるか、このエッセイからは江國さんのフィルター越しに、自分の今の生活がとても尊いものだと実感させられる。

物語が幸福なのは、いくつもの可能性のなかから一つが選ばれていくからで、それは私を素晴らしくぞくぞくさせる。
果てしなく続いていく日常のなかで、自分のいまいるところを確認するポイント、というのかしら。一年に一度の桜ドライヴも、友人夫婦のお茶も、たぶんそういうことなのだと思う。そういうささいなことどもに、たぶん夫婦は支えられている。

p91-92

誰かと生活を共有するときのディテイル、そのわずらわしさ、その豊かさ。一人が二人になることで、全然ちがう目で世界をみられるということ。

p56

結婚生活を幸福な物語ととらえるなら、今の私の結婚生活はたくさんある可能性の中から、自分で選んで、進めてきたストーリーの一部だ。

今後もストーリーが進む中で、この生活が永遠に続くとは限らない。

ずっと続くように思える結婚生活も、物語の可能性の一つでしかないなら、1つ1つの瞬間を大切にしたい。
そして、今の幸福も寂しさも噛み締めて毎日を過ごしたいと思う。

やっぱり、ふたりの生活は彩り豊かなものだ。


江國さんが、なにか特殊な結婚生活を営んでいるわけではない。

公園のそばの小さなマンションで暮らし、バスに乗ってパン屋や公園に行ったり、家で仕事をしたり、お風呂に入って、家事をして、読書をして。

週末は、夫とスーパーへ行ったり、夕方まで眠ったり、お互い別々のことをして過ごしたり。

ありがちな夫婦の日常に思えるが、それでも私は江國香織さんの日常に憧れる。

正確には、さっきも書いたように、彼女の世界を捉える感性に憧れている。

RELISHという単語がある。味わう、とか、おいしく食べる、という意味の動詞(名詞の場合は「味」「風味」「好み」)だけれど、この動詞は二種類の目的語をとる。食べ物と生活だ。I RELISHED THE CAKE.(そのケーキをおいしく食べた)でもいいし。SHE RELISHED HER NEW LIFE WITH A CAT.(彼女は猫と一緒の新しい生活をたのしんでいる)でもいい。生活というのは味わうものなのだ。RELISHは好きな単語だ。そんなふうに暮らしていたいなと思う。ケーキやアイスクリームを味わうように。

p156

江國さんは、ケーキやアイスクリームを味わうように、日常を味わって、愉しんでいる。

私は今日、11時近くに起きた夫と、録画したドラマを観た。お昼は一緒にオムライスを作って食べた。その後はお互い別のことをして過ごし、夫は夕方髪を切りに出かけた。もうすぐ帰ってきて、一緒にカレーを食べる。

文字にするとそれだけの1日だが、この行間にはいろいろな感情や感覚があって、その1つ1つを味わうように生活するとなんでもない日常がとても愛おしいものに思えた。

「私は夫と一緒の生活をあじわって、たのしみたい。」
そんな風に世界の新たな感じ方を教えてくれる1冊だった。



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