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266【エドヴァンドムンク、共鳴する魂の叫び】

心理系の仕事に携わるものとして、見ておきたい、そして外すことの出来ないムンク展in東京都美術館。

見えるものを描くのではない
見たものを描くのだ

魂の内なるイメージを描く

不安、叫び、絶望

嫉妬

自分自身と深く向き合い、それを作品にできることの強さを感じた。心の中で、何度も叫んでしまう。

よい作品を描くために、敢えて独身であることを選んだ人生。孤独になり、社会に目を背けることで、とことん自分自身と向き合う行き方。

姉の死、父の死、恋人との別れを、ドラマティックに捉え、描き出す精神の葛藤。理屈じゃなく、すごいと思った。

図画工作の時間のめあては、上手にかく ということではなく、見たり考えたりしたことを、 自分の感じたとおりにかくことである。(佐藤忠良)

知恵とは、学校で学べるものではなく、一生かけて身につけるべきもの。専門的な知識を習得することではなく、自分の頭で考えたり判断したりする一般的な能力を発達させる。これが、いつでも第一に優先されるべきである。
創造的な表現をすることと知識を得ることに喜びを感じさせることが、教師にとって最高の技術。教えるということは、こちらが差し出したものがつらい義務ではなく貴重な贈りものだと感じられるようなことであるべきだ。
ジョークや絵画、音楽は、論理的な企みではなく、見る人の位置によってさまざまな色にきらめく、人生の美しい断片が感じられなければならない。そういう曖昧さを脱したいのであれば、数学を始めることだ。

どんなに力のある人も、道を踏み外せば、成功することは出来ない。逆に、力のない人でも、諦めず、自分を信じ、努力を続ければ、成功することは出来る。
神様は誰にも公平に道を用意し、皆に学ぶ権利がある。ただどう選ぶかが大事。自分を理解すれば選ぶべき道が自然と分かる。

想像力。教師にとって想像力とは、個々の子どもの可能性を深く考えることのできる力であり、子どもたちの可能性を予測する力である。それは、教師という立場にあるものがなかなか気づけない子どもたちの痛みや気持ちを察する力。

子どもは、あれをこうしろと論理で教えてはくれない。むしろ大人の想像力が子どもの姿から何を学び取るかが重要だ。だから、教師には人間としての蓄積がないと何かを学ぶことなどできるはずもない。知識だけではどうしてもカバーできないことがある。

便利さを追求すると、人は判断力や想像力を失う。

想像力、表現力の乏しい人、子どもの可能性を信じられない人には、教師になってほしくない。単に早く簡単に正確に答えを持たせるだけならば、コンピューターがやればいい。学ぶことの面白さや楽しさを伝えられるのは、教師にしかできない。

しんけんに、絵をかき、ものを作り続けていると、 じょうずになるだけでなく、人としての感じ方も 育ちます。このくり返しのなかで、自然の大きさが わかり、どんな人にならなければならないかが わかってきます。 (佐藤忠良)

「芸術は自然を人間にうつす鏡である。」 佐藤忠良

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