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第18橋 多々羅大橋(広島県/愛媛県) 前編 |吉田友和「橋に恋して♡ニッポンめぐり旅」

「橋」を渡れば世界が変わる。渡った先にどんな風景が待っているのか、なぜここに橋があるのか。「橋」ほど想像力をかきたてるものはない。——世界90か国以上を旅した旅行作家・吉田友和氏による「橋」をめぐる旅エッセイ。渡りたくてウズウズするお気に入りの橋をめざせ!!


しまなみ海道
一家で自転車旅にチャレンジ

ふたたび、しまなみ海道である。期せずしてリベンジする機会がやってきたのは、ある年のゴールデンウィークのことだった。家族で瀬戸内周辺をぐるり巡るという旅をする途中で、本州から四国へ渡ることになった。

しまなみ海道といえば、自転車である。瀬戸内海の大絶景を眺めながらペダルを漕ぐ。言わずと知れたサイクリストの聖地だ。このとき、我が家の娘たちは7歳と5歳。一丁前に自転車にも乗れるようになった。ならば、ということで一家で自転車旅にチャレンジすることにしたのだが——。

——話は数年前に遡る。この連載でも紹介したが、しまなみ海道の島々を繋ぐ橋を辿っていく旅を敢行した。そのときは一人旅だったが、やはり自転車だった。

四国側から本州を目指すルートで、愛媛県の今治を出発して、大島、伯方島、大三島へと駆け抜けた。詳しくはバックナンバー(第7橋 来島海峡大橋 前編(愛媛県)第7橋 来島海峡大橋 後編(愛媛県))を参照していただきたいが、最終的に生口島へ渡る多々羅大橋を途中まで進んだところでタイムアップ。

多々羅大橋はしまなみ海道のちょうど中間地点で、愛媛と広島の県境に位置する。すぐ目の前にお隣の県が見えるというのにあきらめざるを得なかったから、悔しい気持ちが募った。いつか絶対この続きをしよう、と心に誓ったのだ。

要するに、今回の旅は、念願叶ってリベンジというわけなのだ。今回は逆ルートで広島県の尾道を出発して、四国方面へ進む。目的地はずばり、多々羅大橋だ。前回中断した場所まで辿り着く。そうすれば、分割した形にはなるものの、一応はしまなみ海道を全行程走破したことになる。

せっかくなので尾道も観光。山の上にある千光寺からは瀬戸内方面を見渡せる。


そんなわけで鼻息も荒く、いざ出発! したかと思いきや、能天気に盛り上がっているのはバカ、もといパパ——筆者のことなのだけれど——だけであった。

「まだ着かないの?」「いつまで走るの?」

口を尖らせたのは娘たちだ。走り始めてから30分も経たないうちに、早くも音を上げた。まだまだこれからだというのに。

「もう少しだよ」
いちおう励ましてみた。けれど、その言葉が真実ではないことはバレバレのようで、走りながらもブツブツと文句を言い続けている。

「ほら、海だよ。綺麗だなぁ〜」
気持ちを切り替えようと試みるも、そんな言葉が響く様子はない。

「ちょっと! 先に行かないで」「なんで?  別にいいじゃん」

そうこうするうちに、姉妹ゲンカが始まった。どちらかが追い越したとか、そういう話だ。ご機嫌がななめになると、ふとしたことで衝突してしまう。原因は他愛もないことで、我が家ではよくあることなのだが……。

さらには、駄目押しのような一件があった。毛虫が木の上から落ちてきて、それを見た姉の方が悲鳴を上げたのだ。

「もういやだ!」

彼女は大の虫嫌い。いやはや、都会っ子なのである。毛虫ぐらい普通にいるだろう、と呆れるが、なんとも間が悪い。

もっとも、出発直後は子どもたちも晴れ晴れとした表情だった。

尾道のレンタサイクル・ステーションの前から渡し船が出ていて、自転車ごと乗り込んで、すぐ対岸に見える向島へ渡る。いきなり旅情たっぷりで、テンションが爆上がりした。

尾道のレンタサイクル・ステーション。駅から近いし、駐車場も併設されていて便利。
向島へは渡し船で。陸路でも行けるが、ぐるりと迂回しなければならないので。


最大のネックは、地形的に高低差があることだった。平らな道よりも坂道の方が多いぐらい。しかも最初からいきなり上り坂である。

島と島とをつなぐ橋はだいたいどれも高い位置に架けられている。渡るためには、ループ状の坂道をぐるぐる走って上っていかなければならないのだ。

考えたら、前回の旅では電動付きの自転車を借りたから、坂道自体にそこまで苦労した記憶はない。翻って今回は普通のクロスバイクである。電動付きだと途中の島で乗り捨てができないというので、これを選んだのだ。

こうもアップダウンがあると、自転車が電動付きかどうかは結構大きな違いだ。大人である自分でさえ「しんどいな」と感じたぐらいだから、娘たちが文句を言うのも仕方ない。

とはいえ、しまなみ海道の自転車旅が子ども向きではないとも言い切れないところはある。尾道のレンタサイクル・ステーションには、子ども用の自転車もちゃんと用意されているぐらいだ。

自転車を借りるときには一悶着があった。ゴールデンウィークだったこともあり、レンタサイクル・ステーションはめちゃくちゃ混雑していた。事前に電話で確認した際に、子ども用の自転車は台数が限られていると言われていたが、到着したときには見事にすべて出払っていて在庫がない状態だった。

ついでに書いておくと、自転車は予約もできるが瞬殺らしい。大型連休になると、何ヶ月も前に予約開始と同時にすべて埋まってしまう。当日分の割り当てもあるため、予約なしでも朝イチで来ればほぼ大丈夫なのだが、それは大人用の自転車の場合。子ども用自転車は元々の台数が少なく、その割にはニーズがあるようで争奪戦になっている。

ともあれ、自転車がないのならどうしようもない。あきらめて、踵を返した瞬間だった。一台のトラックが現れた。しまなみ海道のルート沿いに点在するレンタサイクル・ステーションを巡回して集めてきた自転車を、尾道まで運んでくるトラックだった。

そのトラックの荷台に、子ども用の自転車も何台か積まれていて、無事借りることができたというのが事の顛末である。ラッキーだったのだ(娘たちにとってはむしろアンラッキーだったのかもしれないけど……)。

そんなこんなで、ぶうぶう文句を言いながら、やっとこさ辿り着いたのが因島大橋だった。向島と因島を結ぶ橋で、本四連絡橋の中で一番最初に完成した吊り橋だ。中央支間長770メートルは、1983年の完成当初、日本最長だったと説明板に書かれていた。

因島大橋が見えてきた。
「あれを渡るよ」と教えると、子どもたちも少しだけやる気が湧いたようだった。
因島大橋は二層構造になっていて自転車は下層を走る。
フェンスで覆われた通行路は、しまなみ海道の橋ではここだけ。



まずは1つめの橋ということで、橋好きな父親は心静かに興奮した。橋の上は道路に傾斜がなく、まっすぐ進むだけなので彼女たちにとっても走りやすいようだった。海の上だから、当然ながら毛虫もいない。

橋を渡り終えた先は、下り坂になっていてスイスイだ。

道中にはこういう案内があちこちに出ていて、道に迷うことはない。


因島の道は、ここまでの向島と比べて明らかに走行するうえでのストレスが減った。交通量が少なく、やさしい田舎の島といった風景で心が和む。なんといっても勾配があまりないのがいい。娘たちにも、ようやくわずかに笑顔が戻ってきた。

子どもたちにとっては過去最長のサイクリングコースとなった


因島へ上陸してからは、北側の海沿いの道を走った。やがて辿り着いた重井西港が、子どもたちにとってのゴールとなった。

実は、ここからは別行動することにしたのだ。重井西港から尾道まで船が出ており、自転車ごと乗り込むことができる。娘たち2人と、引率する妻の3人はこれに乗って尾道へ引き返す。そうして自分は単身、この先へ進む。

因島からは生口島、大三島という順に巡っていく。目的地となる多々羅大橋まではトータル約30キロの行程となるが、さすがに娘たちを道連れにするには距離がありすぎるだろうという判断である。

それでも、尾道からここまでで15キロ弱もある。全行程のほぼ半分は走破したわけで、素直に拍手を送りたい。がんばったのだ。

「しまなみかいどう、はしったぞー!」

最後に、港をバックにみんなでそんなセリフを叫びながら動画を撮った。先ほどまでの悲壮感は消え、すっかり満面の笑みである。めでたしめでだし。

すぐに別れの瞬間は訪れた。達成感に満たされながら船に乗り込む3人に手を振る。みるみるうちに遠ざかっていく船が見えなくなるまで手を振った。

トリコロールカラーの船に乗って、妻子は尾道へ帰っていった。


さあ、ここからは第二部である。ということで、続きは後編で。





吉田友和
1976年千葉県生まれ。2005年、初の海外旅行であり新婚旅行も兼ねた世界一周旅行を描いた『世界一周デート』(幻冬舎)でデビュー。その後、超短期旅行の魅了をつづった「週末海外!」シリーズ(情報センター出版局)や「半日旅」シリーズ(ワニブックス)が大きな反響を呼ぶ。2020年には「わたしの旅ブックス」シリーズで『しりとりっぷ!』を刊行、さらに同年、初の小説『修学旅行は世界一周!』(ハルキ文庫)を上梓した。近著に『大人の東京自然探検』(MdN)『ご近所半日旅』(ワニブックス)などがある。


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