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第7橋 来島海峡大橋 後編(愛媛県)|吉田友和「橋に恋して♡ニッポンめぐり旅」

「橋」を渡れば世界が変わる。渡った先にどんな風景が待っているのか、なぜここに橋があるのか。「橋」ほど想像力をかきたてるものはない。——世界90か国以上を旅した旅行作家・吉田友和氏による「橋」をめぐる旅エッセイ。渡りたくてウズウズするお気に入りの橋をめざせ!!

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連載史上ぶっちぎりで長い
世界初の三連吊り橋を行く

 しまなみ海道を自転車で走る。そう言うとサイクリストと誤解されそうだが、目的はあくまでも橋である。四国側の今治から出発して、瀬戸内の島々を繋ぐ橋を巡る旅に出発した話の続きだ。

 出発地点のサンライズ糸山を出ると、すぐに来島海峡大橋の入口が現れた。乗り始めて1分も走らないうちにもう橋なのだ。まだまだ自転車に慣れておらず、心の準備もできていない状態なのに問答無用で橋に挑むことになる。

 四国側からしまなみ海道を進むと、最初に渡ることになるのが来島海峡大橋だが、最初にして最大のスケールを誇る。今治から馬島を経て大島までを繋ぐ橋で、全長なんと約4キロもある。この連載で取り上げてきた数々の橋と比べても、ぶっちぎりで長い。

 約4キロの橋は第一大橋、第二大橋、第三大橋の三つの吊り橋が繋がった形状となっている。世界初の三連吊り橋なのだという。サンライズ糸山から引きのアングルで写真を撮ったが、外観からして恐ろしく美しい橋だ。橋の存在が、瀬戸内の多島美をさらに引き立てている。

 今回は電動タイプの自転車を借りていた。走り始めてすぐに電動にして良かったと思った。来島海峡大橋の入口では、ループ状の坂道をぐるぐる回って上っていくのだが、この坂道の勾配がいきなりもうきついのだ。

来島海峡大橋へと続くループ道。自転車・歩行者専用なのが嬉しい。


 その後も自転車で走っていく中で、電動のありがたみを感じる場面が繰り返し訪れた。橋の上こそ平坦ながら、島の道というのは基本的にアップダウンが多い。体力に自信がない人は電動タイプがおすすめだ。

 ループの途中に人だかりができていた。写真を撮っている人もいたりして、なんだろうかと停まってみると造船所がよく見えた。巨大なクレーンを設置した無数の鉄塔が湾を囲むように立っている光景は確かに絵になる。なるほど、今治といえばタオルと造船だ。

造船所のメカメカしい風景に船好きならずとも興奮する。


 繰り返しになるが全長約4キロもある吊り橋である。これほどの長さにもかかわらず自転車で走れる橋なんて全国的にみても珍しい。橋の上は車道と、歩行者・自転車用の道を隔てる柵が設けられているが、大きなトラックがすぐ横をビュンビュン勢いよく通り抜けていく瞬間などはドキリとさせられる。

橋の上も左側通行だ。時間帯が早いせいか、対向車とはあまりすれ違わなかった。


 さらには、橋の上は風が強く、ビュービュー吹き付けてくる。来島海峡は日本三大急潮のひとつに数えられるのだという。眺望に関していえば文句なしに絶景で、パノラマビューが続く一方で、ビュンビュン&ビュービューがスリリングだ。高所恐怖症の人には無理かもしれないなぁ。

 橋の北側に小さな島が浮かんでいて、民家が立っているのが見えた。地図で確認すると「小島」という名だと分かった。なんというか、見た通りの名前だ。

 ああいう離島での暮らしはどんな感じなのだろうかと想像を巡らす。船が欠航したら島に閉じ込められそうだが、よく考えたらここは日本屈指の天候安定地帯、瀬戸内なのだった。

 この日も当然のように晴天だった。10月下旬だったが、暑さで汗が出てくるほどで、過ぎ去ったはずの夏がひととき帰ってきたような錯覚がした。

 来島海峡大橋を渡った先は、大島、伯方島と順に続く。伯方島に着いた暁には、ぜひ食べたいものがあった。伯方の塩ソフトクリームである。休憩がてら「道の駅 伯方S・Cパーク」に立ち寄り、外のベンチに座ってそれをペロリと平らげた。こういう暑い日にはとくに美味しく感じられる。

目の前がなんとビーチ! 風光明媚な道の駅で小休止なのだ。


 伯方島といえば、「伯方の塩」であろう。いまもこの島に工場があって、塩作りが行われているそうだ。これは余談だが、愛媛県を旅していると伯方の塩を使ったスイーツにしばしば出合う。中でも「伯方の塩 純生入り大福」 はあまりにも絶品である。

 道の駅からは目の前に、大島とを結ぶ伯方・大島大橋が望める。来島海峡大橋に比べればずっと小さいが、瀬戸内に浮かぶ島々のこんもりとした山の景観の中に溶け込んだ様がまた最高だ。

 大島と伯方島の間には、能島という小さな島が浮かんでいる。戦国史好きとしては、その名を聞いただけでグッとくるものがある。かつてこの地を支配していた村上海賊の居城があった島なのだ。

海賊の拠点があった能島城跡。「続日本100名城」にも登録されている。


 日本を訪れた宣教師ルイス・フロイスは能島の村上氏を「日本最大の海賊」と称したという。海賊といっても、船を襲って金品を奪う無法者という一般的なイメージとは少し異なり、地方の豪族のような存在だったとされる。海域を支配し、大名どうしの合戦では水軍として参戦したりもする。

 大島沿岸部のサイクリングロードや伯方・大島大橋から、この能島が肉眼でハッキリと見えた。城といっても天守のようなものはないが、高台の下が絶壁になっていて見るからに要塞のような地形をしている。

 しまなみ海道で最初に完成したのが大三島橋だ。伯方島からこの橋を渡ると大三島に入る。愛媛県側最後の島である。

大三島橋が架かる海峡は「鼻栗瀬戸」と呼ばれ、
潮の流れが激しい船乗り泣かせの難所となっている。


 ここまでと比べて、大三島は比較的道が平らで走りやすい印象を受けた。レイドバックした風景の中を、ゆるゆる進んで行く。軽トラックで日用品などを売る移動販売車が停まっていた。道端にはミカン畑が広がっていて、さすがは愛媛県だなぁと目を瞬かせた。

 旅の目的地に設定した多々羅大橋の袂に辿り着いたのが12時半頃だった。出発してから計3時間。我ながら、がんばって自転車を漕いだのだ。

多々羅大橋まで辿り着いた。橋の向こう側は広島県だ。


 多々羅大橋を一望できる場所に「道の駅今治市多々羅しまなみ公園」があって、ここでランチタイム。しまなみ海道でもとくに大きな道の駅だ。

 併設されたレストランで今治名物の「焼豚玉子飯」を注文した。丼に豚焼肉と目玉焼きが乗せられたもので、なかなか食べ応えがある。いわゆるB級グルメだが、今治へ来る度にこれを食べるほどのお気に入りだ。

今治に来たら絶対食べたい焼豚玉子飯。


 多々羅大橋を渡った先は広島県の生口島である。せっかくなので、橋の上まで行ってみた。向こう側に隣の県が見えると、このまま先へ進みたくなった。けれど、タイムオーバー。この先に進んだら、時間内に帰ることはできなくなる。またいつの日か改めてこの橋を渡りに来ようと心に誓い、自転車を引き返した。

多々羅大橋を少しだけ走ったが途中で引き返した。今回はここまで。


 とはいえ、時計を見るとすでに結構時間がない。14時15分に伯方島の木浦港から出る船に乗らなければならないのだ。木浦港の位置は、大三島から入ると完全に島の逆サイドになる。あまり、ゆっくりしている余裕はなさそうだ。

 電動タイプは上り坂では威力を発揮するものの、速度があまり出ないという欠点もあった。ギアを一番上の5速にして全力でペダルを漕いだが、それでもロードバイクに乗った自転車ガチ勢にどんどん追い抜かされていく。のんびり走っているときは気にならなかったが、時間がなくなってくるとどんどん焦れったい気持ちになってくる。

 最後は本当に全身の体力を使い果たす勢いで漕いで自転車を前に進めた。そうして、なんとか出港時間に間に合った。超ギリギリセーフ。ふう、危なかった。

 ところが、ホッとしながら乗船券を買い、桟橋で汗を拭っているとなぜか船がなかなか来ない。予定時刻よりも7分遅れでやってきたから脱力してしまった。木浦港の次は大島の友浦港に寄港する予定だったが、誰も乗り降りしないからか停まらずにそのまま先へ進んでいく。時刻表通りには行かないし、船とはいえ路線バスのような感覚なのかもしれない。

 何時間もかけて自転車で走った道を、船ならワープするようにして戻ってこられる。呆気ない気持ちがある一方で、海上から望む瀬戸内もまた美しくてウットリしてしまった。

 とくに感動的に素晴らしい風景なのが、来島海峡大橋だ。海上から眺めると、橋の壮大なスケールに圧倒される。あの橋を自転車で渡ったのだなぁと考えると、実に感慨深いものがある。

旅の終わりに再び来島海峡大橋を望む。


 今治港へ帰ってきてからも、自転車を返却するためにサンライズ糸山まで移動しなければならない。約30分の距離。ラストスパートだ。

 走っていると、自転車のバッテリーが遂に残り10パーセントを切り、数字が点滅し始めた。自転車だけでなく、漕いでいる本人も疲れ果ててしまい充電が切れそうだった。

 サンライズ糸山は坂道の途中にあって、結構きつい上り坂を上らなければならなかった。その最後の試練をなんとか乗り越え、自転車のレンタル上限時間ぎりぎりの15時30分に無事ゴール。ああ、お尻が痛かった。

瀬戸内では、船を上手く使いこなせると旅の幅が広がりそうだ。




吉田友和
1976年千葉県生まれ。2005年、初の海外旅行であり新婚旅行も兼ねた世界一周旅行を描いた『世界一周デート』(幻冬舎)でデビュー。その後、超短期旅行の魅了をつづった「週末海外!」シリーズ(情報センター出版局)や「半日旅」シリーズ(ワニブックス)が大きな反響を呼ぶ。2020年には「わたしの旅ブックス」シリーズで『しりとりっぷ!』を刊行、さらに同年、初の小説『修学旅行は世界一周!』(ハルキ文庫)を上梓した。近著に『大人の東京自然探検』(MdN)『ご近所半日旅』(ワニブックス)などがある。

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