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ドーサ【3】 ドーサを求めてドサ回り

インド食器屋「アジアハンター」の店主・小林真樹さんが、食器買い付けの旅や国内の専門店巡りで出会った美味しい料理、お店、そしてインドの食文化をご紹介します。



ドーサという言葉自体は古代タミルで書かれたサンガム文献にも登場した古いものであり、南インドを広く象徴する食べものであるが、より近視眼的に見ていくと、地域によって実にさまざまなドーサが存在することがわかる。今回は南インド各地の飲食店で食べられる、地域性豊かなドーサを紹介していきたい。

地域別のざっくりとした特徴としては、分厚い鉄板で大きく焼くのがタミル式。中にジャガイモのマサーラーが入ったマサーラー・ドーサが有名だが、具のないドーサに豆汁のサンバルをかけたり、内臓煮込みとドーサを合わせる食べ方もポピュラー。またカルナータカ州に行くと、日本のホットケーキ大のサイズで分厚く焼き上げた、バターの沁み込んだドーサが名物。一方アーンドラでは米を入れない、挽いた豆だけの無発酵の生地を焼いたドーサが有名だ。このように一口にドーサといっても南インドの各地でさまざまな作り方、形、味、素材がある。ではもう少し詳しく見ていこう。

まずはタミル・ナードゥ州。タミルのドーサはパリッと香ばしく焼き上げた、サイズの大きなものが特徴。それを焼くためのドーサッカルと呼ばれる巨大な鉄板は、分厚ければ分厚いほどよいとされる。ドーサに熱がじんわり柔らかく伝わるからだが、何よりも家庭の小さな台所では決してマネの出来ないドーサの大きさに、プロの作るドーサは違うぞ、といった気迫が伝わる。そんなドーサッカルのある厨房でとりわけ印象深く思い出されるのは、タミル中部の古都、ティルチラーパッリで入った一軒の老舗メス(大衆食堂)である。

タミルのドーサ
タミルのドーサは大きなサイズが特徴


大きめに仕上げられたドーサにタラッとかけられた薄めの、しかしコクのあるサンバル。カリッと香ばしいドーサとの相性が絶妙で、この味を求めて広い店内は夜遅い時間にもかかわらず満席だった。

「せっかくだから、厨房の中で作っているところも撮っていきなよ」

バチャバチャ料理の写真を撮っている私を見て、スタッフの一人がそう声をかけてくれた。インド食器屋としては願ってもないことだ。薄暗い厨房に入っていくと、奥の方に赤く燃えさかる火がくべられた鉄板を前にしたドーサ職人の姿が見えてきた。黒く分厚い鉄板の傍らにあるのはなんと薪(まき)の束だった。インド人はガスよりも薪で調理したものを好む。もちろん、地域によってはガスより安価という理由で使われていることもあるのだが、全身を汗で黒光りさせながら、巨大な炎と鉄板と「格闘」している職人の姿は、まるで火を制した原初の人類の姿を思い出させる神々しさに満ちあふれていた。

暗闇の中で一人鉄板と向き合うドーサ職人
暗闇の中で一人鉄板と向き合うドーサ職人


米を使わず、豆粉だけの無発酵のドーサがアーンドラ・プラデーシュ州にはある。ちなみにアーンドラではタミルなど他の地域で「ドーサ」と総称される料理を「○○アットゥ」とも呼ぶ。末尾の「アットゥ」が、いわば鉄板などで焼かれた粉ものの薄焼き料理を表していて、ペサラットゥ(ペサールアットゥ=リョクトウのドーサ)、カンディアットゥ(トゥール豆のドーサ)、アトゥクラアットゥ(干し米のドーサ)といった風に使われる。ウラッド豆のドーサはミナパットゥ(ミナッパ・パップー=ウラッド豆)である。これらは水で戻した豆をペーストにして焼いただけの無発酵のドーサである。

アーンドラ沿岸部の街グントゥールに行くと、ドーサに「プリホラ」と呼ばれる、酸味付けライスを具材にしたプリホラ・ドーサが名物となっている。炭水化物を炭水化物で包む焼きそばパン的なアイテムだが、双方の食味と食感が引き立て合ってなかなか美味い。プリホラもドーサも共に古くからある伝統的な料理だが、それを組み合わせてしまうところに新しさがある。元来ドーサは屋台料理でもあり、時代と共に新しいスタイルが次々と登場する性格を持つが、それでも乾燥されたハナモツヤクノキの葉を数枚編んだヴィスタラク(葉皿)の上に載せて出されると、それはまるで供物のようなヴィジュアルとなり、あたかも古くからある伝統食のように見えてくるから不思議である。

アーンドラのプリホラ・ドーサ
アーンドラのプリホラ・ドーサ


こうした伝統を喚起させる商法は他の地域のドーサでも見られる。カルナータカ州南部の古都マイソール(現マイスール)は古くから都として栄え、その壮麗な宮殿や、産出される白檀といったエレガントかつフレグラントなイメージからその地名がさまざまな料理名、商品名に付与されてきた。マイソール・パク(菓子)、マイソール・ボンダ(軽食)、マイソール・サンダル(香木)。マイソール・ドーサもその一つである。

ただしこのマイソール・ドーサ、実はマイソールの街ではなく、ムンバイ(当時はボンベイ)にあった屋台が発祥だ。ムンバイ名物にパウバジという、トマト味の野菜ペーストをパンにはさんだスナックがある。とある屋台主がドーサの具に、このパウバジを入れて「マイソール・ドーサ」という名をつけて販売。するとまたたく間に人気商品となった。マイソールとは当時のムンバイの人たちにとって「南インド」をイメージさせる地名の一つだったのだろう。だからカルナータカ州のマイソールに行って「マイソール・ドーサください」と言っても「は?」と怪訝な顔をされるだけである。

デリーで食べたマイソール・ドーサ
デリーで食べたマイソール・ドーサ


カルナータカ州といえばベンネ・ドーサの得がたい美味。タミルなど他地域でドーサを食べ慣れていると、ベンネ・ドーサがずいぶんと小ぶりに感じる。とりわけ「ペーパー・ドーサ」と称する、その名の通り紙のように薄く広く焼かれたタミルのドーサは昨今のSNSの影響なのか、より見栄えを意識した巨大なものと化している。一方のベンネ・ドーサは直径20センチほどのコンパクトさ。ホットケーキを連想させるやや心もとないヴィジュアル。しかし一口食べればそんな先入観は雲散霧消する。

分厚い生地にはベンネ(ホワイトバター)がこれでもか、といわんばかりに沁み込んでいて、ひと噛みするとブシューっと口の中にあふれ出てくる。このベンネとクリスピーな生地とを楽しみながら、上質なパルヤ(柔らかく茹でたジャガイモに玉ねぎなどを混ぜた副菜)をさらに口中で合わせていく。食べ終えるのが惜しいほどの中毒性を持つ味である。

ダバンゲレのベンネ・ドーサ
ダバンゲレのベンネ・ドーサ


カルナータカ州北部ダバンゲレが発祥の地で、小さな街にそぐわないほどたくさんのベンネ・ドーサ屋が軒を連ねる。数あるドーサの極北ともいえるこの味だけを目的に、はるばるローカルバスでこの街を訪ねてみる価値は十二分にあるだろう。








著者小林真樹さん近景

小林真樹
インド料理をこよなく愛する元バックパッカーであり、インド食器・調理器具の輸入卸業を主体とする有限会社アジアハンター代表。買い付けの旅も含め、インド渡航は数えきれない。商売を通じて国内のインド料理店とも深く関わる。
著作『食べ歩くインド(北・東編/南・西編)』旅行人『日本のインド・ネパール料理店』阿佐ヶ谷書院
アジアハンター
http://www.asiahunter.com

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