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ショートショート『君となら』

緑あふれる五月の公園。

風薫る心地良いこの季節。

「こっちだよー」

「まってよー」

公園に響き渡る笑い声。

「かなえちゃん、どうしたの?」

急に立ち止まるかなえに
あきらは声をかけた。

「かなえ、ここから見る景色好きなんだ」

前田森林公園には、手稲山に向かって
真っ直ぐに延びるカナールがある

そのカナールに沿って
美しい新緑が整列している。

「キラキラしててきれー」

カナールの水面に反射する光が
緑の美しさを一層に際立たせる。

「うん、きれいだね」

見慣れた景色のはずなのに
いつもと違う。

自然はいつだって
いろんな顔を見せてくれる。

二人はしばらく
今日の景色に見惚れていた。

「あきら君って、本当に走るの早いよね」

「僕はもっと早く走りたい。
 将来オリンピックで金メダルを取って、
 世界で1番になるんだ!」

あきらは目を輝かせながら言った。

「すごい!素敵な夢だね。
 あきら君なら出来るよ。
 かなえ応援するからね」

幼なじみの二人は
よくこの公園で遊んでいる。

活発で人気者のあきらと
大人しくて、読書好きのかなえ。

正反対な二人、
だけど不思議と気が合う二人。

「かなえちゃんの夢はなに?」

「私は、ブックカフェを開きたい」

「へえ、おもしろそうだね」

「かなえー!帰るよー」

かなえの母がお迎えにやって来た。

「あっ、ママだ!
 あきら君またね、かなえもう帰らなきゃ」

「うん、またね。また遊ぼうね」

あきらは、かなえの姿が見えなくなるまで
見送った。

そんな二人は、高校も同じ学校へ進学した。

あきらは、人見知りで
なかなか友達が出来ないかなえと
いつも一緒に帰ってくれた。

「あきら君って、ほんとに優しいよね」

ふと聞こえて来た同級生の言葉。
かなえは、はっとした。

自分だけが特別。
そんな風に少しでも思ったことを
何だか恥ずかしくなった。

あきらは、みんなに優しい。

かなえはちょっとだけ
さびしい気持ちになった。

「かなえ、帰ろー」

かなえは毎日、放課後を図書館で過ごす。
あきらはいつも、部活が終わると
図書館へ迎えに来てくれる。

「今日、部活終わるの遅かったね」

「あっ、ごめんね。
 インターハイに向けて練習増やしたんだ」

「私は大丈夫だよ。
 いつも一緒に帰ってくれて、ありがとう」

「そう言ってもらえて良かった。 
 かなえ、ちゃんと見ててね。
 俺、インターハイで絶対1番になるから」

「もちろんだよ!頑張ってね」

高校を卒業すると
かなえとあきらは、離ればなれに。

それぞれ、夢に向かって歩み出した。

「かなえさん、
 ちょっと買い出しに行ってきますね」

かなえは昨年、念願の
ブックカフェをオープンした。
お店はアルバイトの由美が手伝ってくれている。

「由美ちゃん、お願いね」

「はーい、行ってきます!
 あっすみません、 
 まだオープン前なんですけど…」

誰かと話をする由美の声が聞こえ、
かなえは入口の方へと目を向けた。

「あきら…君?」

そこにいたのは、間違いなくあきらだった。

「かなえ、久しぶり」

「かなえさんのお知り合いですか?
 すみません、どうぞ中へ」

由美は、あきらを店内へ案内すると
そそくさと店を後にした。

「どうしてここが分かったの?」

「おばさんに聞いた。
 はい、これ」

あきらは、小さなお花のブーケを
かなえに渡した。

かなえの母はフラワーショップを営んでいる。
このブーケが母のお手製だと、
かなえはすぐに分かった。

「かなえ、すごいな。
 夢叶えたんだ」

「うん、ありがとう。
 コーヒーでいいかな?」

「ああ、おかまいなく。
 まだ開店前だろ?」

「気にしないで。
 会いにきてくれたお礼だよ」

あきらは、ぐるりと店内を見渡した。

「何か、良い香りする。
 芳ばしい香り…」

「コーヒーの香りかな?
 ここで焙煎してるんだ。 
 ブックカフェ始めたら
 コーヒーも極めたくなって」

「はははっ。
 かなえ変わんないね。
 昔からこだわり強かったもんな」

「そうかな…自覚はないけど。
 そういえば、
 もうすぐオリンピックの選考会だね」

「…」

かなえの問いかけに
あきらは急に無口になった。

「あきら君…どうかした?」

「実は、半年前に怪我してさ。
 しばらくリハビリに専念してたんだ。
 怪我は良くなったけど
 なかなかタイムが上がらなくて…」

 何かもう自信なくなってさ。
 走るの辞めようかなって…

 頑張っても報われないのなら
 頑張る意味なんてあるのかな…」

「何言ってるの⁉︎」

急に大きな声を上げたかなえに
あきらは驚いた。
それでも、かなえはあきらに
思いのたけを必死で伝えた。

「あんなに夢を語っていたあきら君は
 どこへ行ったの?
 あんなにきらきらしてたあきら君は
 どうしたの?
 
 高校最後のインターハイ、
 あの時も直前で怪我したよね?
 だけど、弱音なんて吐かずに
 毎日毎日リハビリ頑張ってた。

 復帰は間に合わないだろうって
 言われてたのに、一生懸命頑張って
 インターハイ優勝出来たじゃん!
 1番になれたよね⁉︎

 出来るよ、あきら君なら。

 そんな姿を見て、
 私も頑張ろうって
 元気もらえてた。

 私だけじゃないよ。
 この前、同窓会があってね
 みんなも言ってたよ。

 いろんな事あるけど、
 あきら君の姿見てると、
 頑張ろうってまた前を向けるんだって。

 みんな応援してる。
 あきら君はたくさんの人に
 支えてもらってる。

 世界で1番になるんだって
 あの時の情熱はうそだった?
 ちょっと上手くいかないからって
 それぐらいの気持ちしかないなら
 さっさと辞めたらいいよ!

 応援してくれる人たちに失礼だよ…」

「ごめん…。
 だけど、あの時は、かなえと約束したから。
 絶対に1番になるから、見ててねって。
 それに、いつもかなえが隣りにいてくれた」

「えっ…」

「離ればなれになって気づいたんだ。
 かなえの存在が俺にとって
 どれほど大きいものだったか。
 だから今日、会いに来た。
 だけど、まさかお説教されるなんて
 思ってもなかったけどね」

あきらは冗談っぽく言った。

「ごめんね、つい…」

「かなえが謝ることないよ。
 甘えてたんだ、俺。
 こんなこと言ったら
 慰めてもらえるかもって。
 かなえの言う通りだよ」

「じゃあ、約束しよう!
 今日、またここで。
 世界で1番になるって」

「かなえ…ありがとう。 

 うん、約束する。
 俺、必ず世界で1番になってみせる!
 だから…

 だからね、かなえ。
 これからもずっと隣にいてほしい」

「もちろん!
 
 あきら君、
 ずっとずっと大好きだよ。
 今までも、これからも。

 二人で世界一の景色、見に行こうね」



おしまい。



最後まで読んでいただき
ありがとうございますᵕᴥᵕ


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