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さよならは、お好み焼き。


 ここは大阪の真ん中あたりにある桃山小学校。6年1組では学級会が開かれていた。議題は〈2月のお楽しみ会について〉だ。担任の原田先生に変わって学級委員長のマユミが教だんに立った。
「意見のある人は手をあげてください」
 教室はしーんと静まり返っている。
「君ら、お楽しみ会、やらんでええんか?これは最後のお楽しみ会や。だからお別れ会や。いらんのやったら、やめて普通の授業にするで」
 原田先生の言葉に、いやですー、やりたいですーと声が上がる。
「だったら、ちゃんと自分らで考えなさい。ツヨシはどうや?」
「えーっと、うーんと、劇とか」
「また劇か。なんの劇や?」
「それは、えーっと」
「なんやツヨシ、いつも威勢がええのに、こういう時はおとなしいな」
 原田先生は、他には?と教室を見わたした。みんな先生と目が合わないよう下を向く。
「おいおい、そんなことでどうするんや。中学校に行ったら、もっと人数も多くなるんやで。はじめて会う人もおるで。自分の意見をはっきり言えるようにならなアカンやろ」

 その時、そっとタイチが手をあげた。教室がちょっとざわざわした。タイチはめったに発言しない。
「あの……お好み焼き作るってどうかな」
 えー!おこのみやきぃー?みんな一斉に大きな声を出した。
「静かにしてくださいー!」マユミが教だんを叩くと、少し静かになった。
「タイチくん、もう少し詳しく説明してください」マユミの言葉にタイチが続ける。
「もう卒業やし、最後に思い出に残ることしたいなと思って。みんなで料理して一緒に食べるってどうやろ?お好み焼きやったら僕らでもできるかな、って」
「みなさん、どうですか?賛成の人、手をあげてください」
 おもしろそう!さんせーい!やりたーい!みんな次々に手をあげた。
「じゃあ、全員一致でお好み焼きを作って食べる会で決まりです」
 書記のチカが黒板に大きく〈お好み焼きを作る〉と書いた。
「なかなかおもしろそうやな。よし、じゃあ実行委員長はタイチや。ええな?」原田先生が確認すると、タイチはこくんとうなずいた。
「いつもの調理実習みたいに、グループに分かれてお好み焼き作って食べるだけでええか?それとも最後のお楽しみ会やから何か面白いことするか?グループにわかれて話し合ってみよか」
 原田先生の声に、ガタガタと机を移動させる。5人ずつ4つのグループができた。

「じゃあAグループから発表してください」
 ツヨシがぴょこんと立ち上がった。
「僕らは、世界一大きなお好み焼きを作ってギネスにちょうせんする、という意見になりました」
 チカが〈世界一のお好み焼き ギネスちょうせん〉と書いた。笑い声とともに、むりー!という声があがる。
「ははは、壮大やな。Bグループはどうや?」原田先生の声に、ハイ!としっかり者のリコが手をあげる。
「むちゃくちゃおいしいお好み焼きを作って売って、そのお金で新しい黒板消しクリーナーを買って学校に寄付したいです」
「おお、すごい案や。あれ、故障してるからなあ。気にしてくれておおきに。でもお好み焼き売るのは現実的ではないな」Bグループのメンバーはがっかりした様子だ。
「Cグループは、となりの憩いの家のおじいさんおばあさんにも来てもらって、一緒にお好み焼きを食べるのがいいんじゃないか、と意見がまとまりました」マユミが発表すると「よ、さすがイインチョ!」とツヨシがちゃちゃを入れた。
 Dグループの発表はタイチだ。
「自分たちで考えたお好み焼き、普通のんじゃなくて、特別なの、作ってみたいです」誰かが「チョコ味とか?」と突っ込んだら、えー、きしょい!と笑いがおきた。
「いろんな意見が出たな。さて、どうする?」原田先生はにこにこ笑っている。
「先生、ギネスちょうせんは無理と思いますー」
「そうやな。まずそんな大きな鉄板も学校には無いしなあ」
 結局、お年寄りを招待して、グループごとに工夫したお好み焼きを作ってみんなで食べる、ということになった。

「ツヨシ、実行委員になってくれてありがとう」
「かまへん、かまへん。ところでタイチはどんなお好み焼き作りたいん?」
 ふたりは幼稚園の時から仲良しだ。体が大きなおっとりしたタイチと小さくてちょこまかしているツヨシの凸凹コンビ。帰り道はいつも一緒だ。
「そやなあ、ごっついおいしいやつ」
「そんなん、みんなそう思てるで!そういえばタイチ、将来の夢はシェフって言うてたもんな」
「うん。でも恥ずかしいからみんなには内緒やで」
「わかってる。ふたりの秘密や。こう見えて僕、結構口は堅いで」ツヨシはニヤリと笑った。

「ただいまー!ママ、今晩お好み焼き作っていい?」
「あらマユミ、おかえり。帰ってくるなりどうしたん?今日の献立はまだ決めてないからええけど。でもキャベツも豚肉も無いから買いに行かな」
「豚玉はアカンねん!」
「なんでやのん?」
 マユミはお好み焼き大会のことを説明した。
「ふーん、おもしろそうやね。それで材料は何を使ってもええの?」
「小麦粉とキャベツと卵は決まっていて、中に入れる具はふたつまで自由に決めてええねん。ソースは自由でトッピングは2種類まで。生ものはアカンて言うてた」
「よし、わかった。じゃあ今晩はマユミ特製お好み焼きや。買い物から片付けまで任せたで!」

 マユミは同じ団地に住むチカと待ち合わせて、近くのスーパーに出かけた。チカはマユミと同じCグループ。違うお好み焼きを作って交換するという作戦だ。
 スーパーに行くと、リコがいた。
「リコ、もしかしてお好み焼きの材料の買い物?」
「うん。でもマユミとチカには秘密」リコはカゴを後ろにかくした。
「私らも見せられへん」負けずにマユミもチカが持ったカゴにおおいかぶさった。
 
 お好み焼き大会当日。みんなエプロンと三角きん姿でちょっと緊張した様子だ。実行委員のタイチとツヨシの凸凹コンビが前に出た。
「宣せい!われわれ6年1組20名は、桃山っ子ど根性を発揮し、一生懸命おいしいお好み焼きを作ります!」いよいよスタートだ。
 
  キャベツを切る子、小麦粉を測る子、卵を割る子。分担して調理が始まった。
 原田先生は、調理台を見て回る。先生だけは事前に各グループがどんなお好み焼きを作るか聞いていた。
(同じようなもんになるんちゃうかと思ったけど、見事にばらけたなあ)
 あの日からクラスの話題はお好み焼きばかりだった。休み時間になるとグループごとに集まって相談していた。ちりめんじゃことか、しば漬けとか、マシュマロとか、キャラメルとかちらちら聞こえてくる。どんなお好み焼きになるかと、途中ハラハラしたが、まあ、なんとかなりそうだ。

「あ、間違えた!卵1個多く入れてしもた」あわてるツヨシに、大丈夫、小麦粉とダシ増やしたらいいから、と声がかかる。
「タイチくんすごーい」女子がキャーキャー騒いでいる。タイチの包丁使いはなかなかのものだ。シャッシャッとリズミカルにキャベツを切っている
 その時、がっしゃーんと大きな音がした。Cグループだ。ボウルが落ち、生地が床に広がっていた。しゃがんでいるのはマユミだった。
「ごめん、ごめん。どうしよう」今にも泣き出しそうな顔をしている。
「卵も小麦粉もたりへんわ」チカもおろおろしている。
 調理室のみんなの手が止まり、しーんとしてしまった。
「これ、使って」卵と小麦粉を差し出したのはリコだ。
「あとは他のグループの余ってるのもらったら、なんとかなるんちゃう?」
「リコ、ありがとう」
「ええって。マユミのためちゃうで。おじいさんおばあさんに、おいしいの食べてもらいたいから」
 ぶっきらぼうな言い方だけど、リコのやさしさが伝わってきて、マユミは我慢してた涙がぽろっとこぼれた。

 なんとかお好み焼きが完成した。全部で20枚、並ぶと圧巻だ。憩いの家のお年寄りも食堂にやってきた。いよいよ食事会だ。6年生とお年寄りが交互に座った。
 
 お皿の上の4種類のお好み焼き。タイチはどれから食べようか迷ったものの、Aグループのから食べることにした。マヨネーズがたっぷりかかっている。ガブッとかじると竹輪ときゅうりが入っていてびっくり!でもなかなかおいしい。
 次にBグループ。ソースに青のりと鰹節、一見ふつうのお好み焼きだが、一口食べておどろいた。生地がふわふわだ。山芋が入っているのかな?これはお年寄りも食べやすそう。
 ハプニングがあったCグループのお好み焼きは、トッピングのチーズがとろっと溶けて、お箸でつまむとチーズがピョローンとのびた。缶詰のツナとトウモロコシが入っている。コーン好きにはたまらん組み合わせだ。なかなかやるな。
 最後はD、うちのグループだ。ウィンナーが入ったカレー味。崩したポテチをトッピングした自信作だ。やっぱりこれおいしいで、と思いながら食堂を見わたすと、クラスの仲間の顔が見えた。お年寄りの顔も見えた。みんな笑顔だ。 
 
「最後は実行委員長のあいさつや」原田先生にうながされてタイチは前に出た。今度はひとりだ。足がふるえている。
「憩いの家のおじいさん、おばあさん、1組のみなさん、今日はありがとうございました。えーっと……」タイチ、頑張れ、と声がかかる。
「えーっと、僕、どんなお好み焼きにしようって考えている時も、今日みんなと作ってる時も、食べてる時も、すごい楽しかった。おいしいってみんなが言ってるのを聞いて、むっちゃうれしかった。だから……将来はシェフになりたいと思います!」
 ツヨシが驚いた顔をしているのが見えた。
 おー!タイチやったらなれる!カレー味おいしかったで!クラスのみんなの声が聞こえる。おじいさん、おばあさんが大きな拍手をしてくれている。原田先生も笑っている。タイチもやっと笑顔になった。
「みんなで食べに行くからなー!同窓会はタイチシェフの店やでー!」小さなツヨシの大きな声が食堂にひびきわたった。

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