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いつか

「この景色、もう見ることはないんだね」
「…いい場所だった?此処は」
「いつか、いつか答えるよ。だから――」
 振り向く彼女に、ナイフを突き立てた。柄を押し出すように左手を添え、全体重を掛ける。確実に心臓をとらえ、せめて苦しまぬように。そのときは、死が二人を結びつけるという甘美な響きが気に入っていた。彼女は顔を恐怖で引きつらせる。
 痙攣する身体を横たえ、今度は自分の胸に切っ先を向ける。先ほどより

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邂逅

邂逅

「教授、もう帰りましょうよー」
「んーそうだねー」
 見渡す限りの海と空。青く澄み切った大海原に浮かぶボートに二人きり。これが年頃の男女であれば一夏の恋に落ちるなんて発展もあるのかもしれないが、残念な事にここにいるのは野郎二人だけだった。
「このままだと集合時間に遅れちゃいますよ」
「それは困るなー。じゃあこれで最後にしようか」
 そう言って教授はドプンと海に飛び込んだ。
「ちょっと! もおおお」

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空想屋の裏庭 ─夏─

***

 まだわたしが学生だった頃、誰にも秘密の友達がいたの。

 オフホワイトのペンキで塗られた、三角屋根の小さな家に住んでる女の子。小さな白い花の咲く茂みを駆け下りて、わたし、しょっちゅうその子の家に遊びに行ったわ。

 そこではいつもいい匂いがしていた。ある時は、季節の花の匂いだったり、ある時は、焼き立てのお菓子の匂いだったり。そしてわたしが尋ねると、決まって ”とっておきのお茶“ を丁寧

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靄(もや)の晴れるその瞬間

少し陰った空模様の下、ふらふらと、でも少しイキイキと歩く、仕事を終わらせたその帰り道。
上司に怒られたことや、失敗してしまったことを思い出してしまい気持ちが少し疲れたので、お気に入りの小粋なカフェに寄った。

いつもの席に、座り、いつものようにカフェラテを頼む。
注文したものを待つ間、少し暇なので、鞄から書類を出そうとしたが、やめた。気分転換で来たのにそんなことをしたら、私の気分も、なによりせっか

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ある日の奇術部

「魔術師という役を演じるのがマジシャン、だったっけ」

「残念ながら、杖を三年前に無くしてしまったんだ」

「火にくべたの間違いではなく?」

「……さてね。あれが火にくべるくらいでどうにかなるようなシロモノなら、とっくの昔にそうしてるよ。わが奇術師の血脈は、そんなにヤワじゃない。見損なってもらっては困るな」

「ヤワじゃない、か。一度は、あんなことまでして捨てようとしたり、そしていま見損なうなと

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空を泳ぐ魚

「空を泳ぐ魚、見たよ」
「……え?」
「夕陽に染まる空を泳いでた。羽みたいに広がったひれがゆらゆら揺れてとても綺麗だった」

 幼い私がそう言うと、母は一瞬眉を潜めてから苦笑して、そう、良かったわねと言った。
 たぶん、作り話だと思ったのだろう。変なことを言う子だと思って、けれど絵本かなにかの影響だろうと納得して、適当な返事をしたのだ。
 今も母は、私を少し変わった子だと評す。そうかもしれない。空

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