ある日の奇術部

「魔術師という役を演じるのがマジシャン、だったっけ」

「残念ながら、杖を三年前に無くしてしまったんだ」

「火にくべたの間違いではなく?」

「……さてね。あれが火にくべるくらいでどうにかなるようなシロモノなら、とっくの昔にそうしてるよ。わが奇術師の血脈は、そんなにヤワじゃない。見損なってもらっては困るな」

「ヤワじゃない、か。一度は、あんなことまでして捨てようとしたり、そしていま見損なうなと言ったり、つくづく意味がわからんな」

「前までは、間違いなく恨んでいた。……でも、そんなに簡単じゃないんだ。僕にできるのは、受け継いだ血を鎮めて封印し、世間から遠ざけることだけ。今となってはほとんど呪いといってもいい。始末におえないとは、このことだよ」

そういって言葉を区切ると、形のよい唇を固く結び、遠い空を見つめた。
高校生、夜央椎素(やおうしいす)の眼差しは、16歳という年齢に比べると大人びて見える。

モラトリアムをすっとばし、急に担わされた当主としての自覚、運命づけられた家柄。およそ高校生には不釣り合いな諸々をあてがわれた末に、彼は皮肉にも大人への階段を、クラスメートに先んじて一歩登ることになってしまった。

「その魔術師に解いてもらいたい不可解な事件が起こった。椎素(しいす)」

「僕は受けるとは言ってないぞ?」

「先日、下校途中の生徒が校内に幽霊が飛んでいるのを見たと相談があった。暗くなった校内を、ほのかな燐光を発しながらフワフワ動き回っていたらしい。なにかのいたずらだと思うのだが、正体が皆目つかめない。目撃者は増える一方で、さすがに我々も放置するわけにはいかなくなった」

「じつに馬鹿馬鹿しいな。
 幽霊? そんなもの、どうでもいいじゃないか。放っておけよ。その様子だと、大きな被害は何も出ていないんだろう?」

「どうでもいい……か。君が無くしたと主張する魔法の杖と同じようにか?
 こういう怪奇現象は君の得意分野だろう。それに言っておくが、今回は生徒会として正式に要請している。もし断るというのなら、お前が毎日こっそり持ち歩いてるマジックの小道具、俺の権限ですべて取り上げるからな」

「くっ!? あれは不問に付すと!」

「椎素(しいす)。なんだかんだと言いながら、君が杖を捨てられないのはわかっているよ。」

「やり方が汚いぞ! 擦礼(すれい)!」

名前を呼ばれた生徒会長は、最初から返事など待たぬ腹づもりだったらしい。
気づけばもう部室のドアをすり抜け、廊下へと出ていた。依頼を押し付ける早わざは奇術師も顔負けである。

遠ざかってゆく背中を憎々しげに見送った椎素(しいす)は、まず最初、彼との腐れ縁を断ち切る方法はないだろうかと思いを巡らせた。だが数分後、深い溜息をつく。

まるで脱出トリックに失敗した魔術師みたいな哀愁を漂わせながら、椅子の上で小さく丸まり、膝を抱き抱えシクシクとうなだれるその姿は、
「諦める人」と表題を付けて銅像にしたいほどである。……あ、少し動いた。


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会話お題

「魔術師という役を演じるのがマジシャン、だったっけ」
「残念ながら、杖を三年前に無くしてしまったんだ」
「火にくべたの間違いではなく?」

by あきら

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