ものがたりごはん.yukiko
ベジモ野菜をナツメで美味しく提供しています♡ ベジモ:無農薬野菜を当たり前にしたいと 生産から販売、食堂や無農薬野菜の 育て方のスクールまで行っています。 VEJIMO:https://www.vegimo.info/
葉物野菜のストーリーたちを詰め込んでいます♡
独特なかおりのセロリ 好きなのか、キライなのか。 分かれる食材の一つがセロリ。 子供の頃キライだったものが好きになるように 味覚は経験とともに姿を変える。 いっときの好き嫌いに一生付き合わなくていい。 そんなことを思えるたびに 私は経験という宝物と 過ごしてるって思えるように なったって思えるのだ。 あなたは、セロリ好き?嫌い? ___________________________________________________________ ・Ins
毎年恒例の梅が来た。 必ず注文している、 この完全無農薬・無堆肥の自然栽培の梅。 私的な話になるけれど 7年前。 私の以前のお店をたたむのと 私の母の脳腫瘍が発覚するのが 同じタイミングで。 その先のいまだって 持病が多い母に向けて 何ができるだろうといつも思っていた 娘だからと思うのではなく 嫌になるときもあるけど(笑)、 母に寄り添うことも やりたいからやっていると ここ最近ようやく自分でも言えるようになっている 息子を出産して繋
週末のお楽しみ。 寝坊・・・ お酒・・・ 時間に縛られない・・・ 映画にキングダム・・・・ 並べていたら自堕落な自分が 丸見えになりましたが。笑 ナツメの週末は、こんな一品を 食べ放題にしてお持ちしています。 ローズマリーの香りをまとわせたフォカッチャ このパンをもっさりと朝から焼いていきます。 この焼き立てパンの食べ放題をご用意して スープと生ハム、 やたらうまい無農薬の葉物野菜たち・・・・ もう、野菜とパンは食べ放題にしています。 このパンは、ナツメ
毎日同じようにやることって ルーティンにするほうが自分にとっては楽になる。 母になって尚更その部分を強く感じるのは 大切で手放したくないことが とんでもなく多くなってきたからだ。 子はべったりと親の手がなくても育つと思う だけど 私は息子の成長をそばで感じたいと思った。 家のことなんて外の力と助けを借りて、 自分はガッツリとやりたいことをやればいいしそのツールはある。 だけど 私がこの空間や食を大切にしている姿を見せたいのだ。
私は、ずっと厨房にいることが多い人生だ。 そしてそれが 時にお母さんの台所に変わっても 私の食への想いが廃れることもないし 時として、以前より深まる部分も多くある事を 私は身を持って知っている。 子どもが生まれる以前から シェフとして食材に触れていて シンプルに美味しい・力強い・美しい・価値の高いもの こんな風に無農薬のお野菜を感じていた。 そう、 とても魅力的な食材の一つとして 受け取っていた。 そんな食のプロの現場というべき場所から 子を育て
ここ最近 苺に取り憑かれているような私。 苺を手に取ると その姿にも味わいにも魅入られてしまう。 多分、もう盛りは過ぎ。 誰もが目につくような第一線には 並ばなくなってくる。 ひっそりと目につかなくなって さくらんぼや桃に気を取られているうちに 気がついたらいなくなってるのだ。 終わってほしくなくて 手をのばすのかもしれないけれど こんなときだからこそ 形にできるものがある ただただ香りが強い苺たち。 口に入れたらとんでもなくやさ
先日たくさんのよもぎを摘み取ってきて さっそく常連さんにお声掛けしたら おもちを食べたいって声が多く上がり、 早速仕込んでみました アク抜きをしていただく よもぎの香り・・・・ 乾燥しているあのよもぎのかおりより ずっと優しくて豊かな味わい。 常連さんの声によりもうおもちにしか 意識がいかないんだけど!!笑 かおりをたしかめる。 葉のリンとした姿や力も 懐かしい香りの思いでを開けてくれる そんな世界を手元にあるよもぎが導いてくれるのだ。
スーパーで手に取る野菜達は、 どれも同じように見える そんな風に思ったり 話を聞いたことはないだろうか。 是か非かは置いておいて。 ”この同じように見えるってこと” ”人とかぶる事” に対して私は少し思う事がある 基本ひと並びにはなりたくないタチ。 自分が自分のために 並べたいし選びたい。 いいと思ったものも 嫌だと思ったものも自分で決めたい。 これは情報含めて同じで、 溢れるほどある魅力的なあおり文句も 自分が関心あるものに対して
ナツメのカフェで週末人気なのが まれに出てくる、この一品。 バナナが思いっきり熟れていて 私の気まぐれで焼き上げる週末のお楽しみ。 焼き上がってナツメのインスタに 上げた金曜日には 常連さんが家族連れで 来てくれるほどの人気。 特に男性の方から喜ばれているこの一品。 食べるほどに 子どもっぽい笑顔で食べてる姿に こっちがにんまりとしてしまう一品でもある。 ------ バナナ好きのためのバナナブレッド** 焼き上がりは一斤半のサイズの バナナブ
大きさの揃っていない 群馬県高崎市の苺に出会ったのは 関東近郊の直売所。 姿見のきれいな苺が並ぶ中、香り立つ苺。 動物でなくても思わず近寄りたくなる 強い香り それでいて、 大きさはバラバラ ざっくりと味気ない箱に 入ってる苺。 きれいに重なり合う苺よりずっと 元気なこの姿に 思わず子どもたちの姿が重なった。 日本の果物はどれも美味しい そのままで食べるに軸をおいた 甘味と酸味のバランス。 そのままでいい そのままでいいの
食材に触れる。 これを買う前も、買ってからも この子たちには どんなストーリーがあるのかなと 妄想を膨らませてる。 私はその時間がたまらなく大好きだ。 でも、 妄想だけでは終わらない。 どれも良さがあるから その良さがどんな風に 世界と交わるのかまで考える。 たとえば、苺。 苺が甘いだけではないのは 誰でも知っている けれど この苺の酸味に隠れた甘味をどうしても 好きになってしまうのは どうしてだろう。
りんごが手に入ると そのままが美味しいから やっぱり生で食べたくなる 特にこの信州のりんごは 果実味もギュッとしていて 少し小粒なりんご。 どうしても、何かを作り時に 子ども目線が増えたのは ガツガツの料理人の世界から離れて 『お母さん』 の時間軸も圧倒的に増えたからだ。 常に競争のように自分を高め 作り続けるという毎日から 主体が自己だけでは完結しない 『お母さん』という存在。 これが時に遅れを取ってるように 感じたことがあったけど
りんご。 世界中にあふれているくだもの。 中でも日本のりんごは とってもやさしい。 生で食べてもいい 焼いてもいい ジャムやジュースにしてもいい 甘酸っぱさも心地よく 子どもの心にもするっと入ってくる、 そんな優しさがある だからこそ こんな優しさをもってるからこそ 甘えてばかりはいられない 果肉感もギュッと締まり 口に入れただけ 爽快さと安堵感がないまぜになる 昔行ったフランスで外食に疲れた あのときでさえ、 フランスの
ぐったりと疲れが残る週末。 ここ最近は疲れも残り、 なんとなく会話が減る。 共働きって本当に大変。 いつものようにゆっくり起きる週末 いつもならダラダラ起きて みんなでファミレスだけど。 今日はなんだか気が乗らない。 かといって、 朝ごはんを 作りたくもない ・・・・・・・そんな朝。 いつものファミレスへ続く道に 行こうとしたら息子が あっちの公園に行きたいと駄々をこね、 反対する気力もなく 家族で公園に向かう途中 楽しそうな声が響い