【インタビュー】 おべんとうや 西 : 方法は一つじゃない
「会社に勤めていると、大きい規模のプロジェクトで人やお金やモノが動いていくのが醍醐味ですが、それとは別に小規模だけど全て自分の手でできることを独立してやってみたいな、というのは昔から漠然とありました」
料理が好きで、定期的に同僚を自宅に招いて料理をふるまっていた西川さん。その腕は職場でも有名だった。周りからのすすめもあり、当初はカフェや料理教室を開くことも考えるも、本業との両立やリスクのことを考えると最適な道ではないように感じていた。
ある時、仕事でカタログ撮影に立ち会った際に、モデルの一人が小麦アレルギーだということを知る。天ぷらの衣を取って食べるなど、自身で食物の管理をする姿を目にし、グルテンフリーの弁当を作って持っていった。
「最初は彼女のために一人分だけ作りました。その後月一の撮影に、スタッフ全員分を作って、お昼はみなでわいわいと食べるのが恒例となりました。お弁当はとても好評で、アレルギー持ちでなくても、カメラマンとかスタイリストの中にはグルテン摂取に気を遣っている人たちも割といて、『これいけるんじゃないかな?』と思ったのがきっかけです」
当時は国内のインバウンドや京都の観光事業が好調だったため、一棟貸しの町屋にきた宿泊客にデリバリーするアイディアが浮かんだという。
「せっかく町屋に泊まるんだから、外に行かなくても食べられる。その時にアレルギーの人も、そうでない人も一緒においしく食卓を囲める、そんなイメージでした」
アイディアはまとまったものの、どう動きだしていいのかわからない。折しも独立したての知人から、商工会議所主宰の起業セミナーのことを教えてもらう。週に一度のコースに3ヶ月間通い、周りの受講者達からも大いに刺激を受けた。
受講後、夫や、いつか一緒に仕事をしたいねと話していた実姉には起業の思いを伝えていたが、なかなか行動に移せずにいた。しかし仲間たちが次々起業する姿に刺激され、2019年初頭に副業禁止であった勤務先の社長を前にプレゼンを行う。社長から副業の許可を得、物件が決まってしまうと後は早かった。同年11月に週末だけの「おべんとうや 西」をオープンする。グルテンフリー弁当のアイディアが出てから約2年後のことである。
「とにかく失敗してもいいから1回やってみたいというのが強かった、勢いって大事。私の場合は、オリンピックが始まる2020年までに何かやりたかった。娘が高校へ進学するタイミングで一歩踏み出したかったというのがあるし、世界中の人が京都へも来るまたとない勝機だと思った。スタート時期を設定して、周りに『やりたい』と吹聴して巻き込んでいった。起業仲間がポジティブなエネルギーにあふれていることも大きかった」
ただ、リスクを最小限におさえるために別の道も確保しておいた。本業でのやりがいや生活とのバランスを考慮し、まずは副業としてスタートする。小ユニットから始め、フィードバックを得て軌道修正し、それから徐々に大きくしていくプランをたてた。
「ひとまずやってみないことにはどこにニーズがあるかもわからない。当初はインバウンド需要を当て込んでいたが、コロナで客層が地元の人たちへとスライドしていった。話していると食への意識の高い方が多いことがわかったし、年配で一人や二人暮らしだと、一度の自炊に沢山の材料を使えないとか、カレーを一人分だけ作ることができないといった声も聞こえてくる。観光向けだと、同じメニューを作り続けることもできたかもしれないけど、日々の食事として利用してくださる近所の方々のために、メニューは毎週変えることにしました。どうせ作るのだから、一週間に一度くらいおいしくて、体にいい食事を楽しんでもらいたい、そう思いながら週ごとにメニューを考ています」
仕込みは実姉とともに、平日の夜にゼロから手作りで行う。主菜1品の他に、旬の上賀茂野菜を中心とした副菜3品、マリネ、ごはんがつく。
どの菜も丁寧に味付けされ、一口食べると体に染み渡っていくような優しさがある。一気に作り置きしてしまえば時間や手間は省けるが、作り立てのおいしさを味わってもらうため、準備や調理の順番も工夫している。
「仕事も料理もただこなすだけになってしまうと、ただの作業になってしまう。でも私たちは料理が本当に好きなので、作るということに一番重きを置きたい。お客様の声を聞きながら、自分たちのやりたいことをやっていきたい」
週末に買いにきてくれる人たちとの会話から、当初のコンセプトであるグルテンフリーの他、他のアレルギーにも可能な限り対応するようになった。実際、私も大豆アレルギーの友人がいると相談したところ、豆類や味噌を使わないメニューをその場で提案してもらったことがある。
やりたいことを実現する方法は、必ずしも一つではないと語る西川さん。
仕事一本に絞るのでなく、色々な顔を持って活動していく方がむしろ今っぽいとも。
料理が好きで、そこに人々が集う食卓の風景が好きな西川さん姉妹が見つけた、「おべんとうや 西」のスタイル。心のこもった手作り弁当をぜひ味わってほしい。
* アレルギー対応については個別にお問い合わせ願います。
**写真は西川さんより提供いただきました。
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