マガジンのカバー画像

詩のスケッチブック

24
日々や旅の風景をささっと描いた詩たち
運営しているクリエイター

2020年8月の記事一覧

旅籠

トレンチコートの上からショールをはおり
ポケットに小銭をしのばせると
彼女は出かけていった

落ち葉舞う
晩秋の冷たい風が
彼女を誘う

家路を急ぐ人々の
流れに逆らうようにして
大通りを進む

すでに上空に控える濃い藍の中へ
とろりとしたオレンジが今、
溶け込もうとしている
切り裂くような風が
北の海からの記憶を運んでくる

右から左へ吹きつける風
湿気を含んでまとわりつく砂粒
並んで座り
微動

もっとみる
テラス

テラス

帰国前の最後の日曜
明と美礼はどちらが声をかけるでもなく
連れ立って出かけていった

午後の広場は
春を先取りしたような陽気に包まれ
冬ごもりをしていた人々が
陽光とビールを求めて集まっていた

冬場はなかなか太陽が姿を現さない
降り続ける雨がハタとやみ
雲の切れ目から一瞬光が差すと
通りでも市電での中でも
人々は一瞬動きを止めて、空を見上げる
そして見知らぬ者同士でも
顔を見合わせながら微笑み合

もっとみる

どこへいっても

彼はどこへいってもチャーミングな客人だった
そろそろ毛布が恋しくなってきた

彼はどこへ旅立つかしら?
今夜はどこで眠るのかしら?
沢山のドアと人々の間を通り抜け
彼はどこまでも進んでいく

終わりは
世界のどこにもないように思われた

一つの場所で何かに取り組んでいる時
また別の場所で新しい何かが生まれる
遠くのどこかで
何かが朽ちて消えていく

そうして終わりのない終わりが
延々と続く

彼は

もっとみる
イエールのサンセット

イエールのサンセット

昼の残りのクスクスとドレッシングをさっとかけたトマト
フランボワーズが隠し味に効いたライス・サラダ
食後の温かい紅茶

遠浅の海をあっという間にかけていき
インクのにじみみたいになった
子供達の影

薄いピンクから水色、グレーのグラデーションを描きながら
ゆっくりと暮れていく、イエールのサンセット

まだ暖かさを残した砂浜
淡い色合いの中に浮かんでいる白いヨット
強くなりはじめた夜風など
ものとも

もっとみる