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「新しい資本主義」とは? 本当に「分配」から「成長」へつながるのか?

トシ(30歳の会社員):博士、久しぶりに遊びに来たよ。
博士:おお、土産はわしの大好物の回転焼きか。御座候あじまん蜂楽饅頭、、。地方に行って焼きたてを食べるのがまた旨くてなあ。
トシ:ところで最近政治や経済でわからない事が多くて、今日は博士に教えてもらいたくてさ。

「新しい資本主義」とは?

トシ:岸田首相が「新しい資本主義」って言っているけど、どんなものなのか未だ理解できないんだ。
博士:現時点(2022年2月)ではまだ何とも言えんな。岸田首相は「新自由主義的政策を転換する」「分配を成長への道筋としてど真ん中に位置づける」とか言っていたが、その通りになるかどうかもわからんな。
トシ:そもそも「新自由主義的政策」がピンとこないんだけど。
博士:一言でいってしまえば「成長重視で格差を認める政策」だな。そして「トリクルダウン(富者が富めば貧者にも富がこぼれ落ちる)」という「分配は市場任せ」の政策じゃ。
トシ:しかしいつまでたっても「トリクルダウン」は起きず、給与も上がらなかった、、。
博士:「市場は分配が苦手」なはずなのに、市場任せにしすぎたのが良くなかったな。でも今後いつ起きるか起きないのかわからない「トリクルダウン」に期待して、さらにあと十年、二十年と同じような政策を続けるのか?うまくいかないのなら、今まで不足していた「分配」重視への方針転換は当然の流れじゃとワシは思うがな。
トシ:でも「分配」重視というと、「新しい社会主義だ!」とか「岸田首相は経済オンチで、株価は下がる一方だ!」なんて「極論」を展開する人も多いじゃない。普段はそんな事いわない尊敬すべき人たちまでも語気を荒げているから、俺も「分配」重視が正しいのか自信がなくなってくるんだよな。
博士:それはポジショントークの場合もあるが、考え方のベースとなっている経済学の違いとして見ればスッキリするんじゃよ。
トシ:ちょっと難しいハナシになるのかな。
博士:いや、極めてシンプルな話じゃ。
まず、経済学には「前提」が異なる二種類のグループがある。経済規模が「供給(生産力)」で決まるとみるか、「需要(購買力)」で決まるとみるかだ。そのどちらかを選択することによって、考え方や政策解も全く違う噛み合わないものになるんじゃ。
トシ:そうなんだ。前提が真逆だものね。
博士:「供給」重視だと「所得の格差は必要悪だ、成長なくして分配なし」となるが、「需要」重視では「平等は生産的である、分配なくして成長なし」になるということだ。詳細はこの本(※資料1)を熟読したまえ。
トシ:「成長しないと分配するパイが大きくならないから、成長が先に決まっているじゃないか!」なんていう、ヒューリスティック(直観的な判断)じゃダメなんだね。
博士:そうじゃな。但し、但しだ。「新しい資本主義」は最終的にどんな形になるのか、本当に分配重視になるのか、まだ全くわからん。今後出される報告書に注目だな。

他国の「成長」モデルは?

トシ:ところで日本以外の主要国はどんな成長政策なのかな。正月の夜に成長と分配についての特集番組があったんだけど、朝から飲んでいたから寝落ちしてしまって、、、。
博士:確かワシは録画しておいたと思うが、どれどれ、、、。NHK BS1の「欲望の資本主義2022 成長と分配のジレンマを越えて(※資料2)」、これだな。早送り再生してみるか、、えっと、このあたりか。

「なぜ生産性が落ちているのかは世界的な課題です。日本での度合いは少し大きいですが世界的な現象です。」
「景気刺激策を出し続けても見返りがあるのか疑問です。生産性の低下を招いているかもしれません。多くのゾンビ企業を存続させているからです。(中略)多くの無用なものを生かすだけで、新たなスタートアップ企業や画期的な企業の増加を妨げるからです。」
※ルチル・シャルマ氏 (元モルガン・スタンレーのグローバルストラテジスト、インド出身)

トシ:景気刺激策や企業救済をいつもやっていると生産性は低下する、、。言っていることはわかるけど、政府は景気対策や失業率を抑えようといつも必死なのが普通だと思うけどな。
博士:日本は特に失業率が低く抑えられているよな。それと引き換えに生産性低下を受け入れている、という構図とも言えるがな(※資料3)。
トシ:他の事例はないの?
博士:スウェーデンが独自路線で興味深いな。

「(スウェーデンは)雇用と解雇のコストが低く、福祉制度の充実が相まり、人々は積極的に転職し起業家精神にあふれた企業に入ることができます。税金が高い福祉国家がダイナミックであるのは逆説的です。」
「アメリカと比較した場合、スウェーデンの労働市場はかなり効率的にすべての人に実質的な賃上げを保証しており、この20年で約50%の賃上げを実現しています。(それを支える理論として)レーン=メイドナー・モデルの基本的な特徴がまだ残っているのでしょう。」
※アンダース・ボルグ氏(元スウェーデン財務相)

トシ:この「レーン=メイドナー・モデル」とはいったい何なの?
博士:図を見ながら説明しようか。

「分配」を起点にした「成長」モデル

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博士:まず「同一業種」で①~⑧の八社があるとしよう。各社の「賃金」は棒グラフの通りバラバラじゃ。これを「連帯賃金」で同額に調整していくのがスウェーデンの「同一労働・同一賃金」の基本的な考えとなる。
トシ:「同一労働・同一賃金」ってスウェーデンでは会社を越えて業種全体で適用されるんだ。
博士:「連帯賃金」を支払うために①や②は経営合理化を迫られることになる。そして、うまく対応できなければ最悪廃業もあり得る。その一方、余裕のできた⑧や⑦などが、①や②の従業員の転職先受け皿となる、という流れじゃ。
トシ:ええっ、これって①や②にとっては血も涙もないモデルじゃないの?
博士:そう見えるかな。しかしこれは「法人」より「個人」を優先して救済する考え方なんじゃ。
トシ:さっきの番組でスウェーデンは「この20年で約50%の賃上げを実現」って言ってたけど、⑧や⑦は実質賃下げになるんじゃないの?
博士:そこで今度は稼げない業種から稼げる成長業種への「労働力の移動」があるわけだ。
トシ:なるほど。このモデルはいかに「生産性(給与)が高い」仕事を国内に多くつくるかが重要なんだね。あっ、でもそれはこのモデルに限らず重要なことか。
博士:このモデルの最大の特徴は、「連帯賃金」という「分配」を起点にして「成長」が強制的に起こされるという点じゃ。そして「高い雇用流動性」とセットでの運用が不可欠だ。
トシ:「分配」を起点にした「成長」モデルの実例だね。確かに「成長」を起点とするモデルからみたら逆説的に見えるだろうね。でも「レーン=メイドナー・モデル」をこのまま日本に導入するのは難しいんじゃないの?特に会社の枠を越えた同業種内の「連帯賃金」は。

「成長」はコントロール出来ない

博士:各国の理念や現状に合わせて成長モデルは構築しないといかん。ワシの考えでは、まず働き方が多様化している日本において「個人重視」の理念は見習うべきじゃな。そして終身雇用の弊害が大きくなっている今の日本にとって「雇用流動性」を高めることは喫緊の課題だ。
トシ:でも今のところ日本での賃上げはさほど強制力がないし、どうすればもっと「分配」が高まるんだろうね。
博士:賃上げとあわせて、被用者全員への厚生年金保険の「適用拡大の実施が即効性があり現実的じゃ。岸田内閣も当初「適用拡大」を主張していたけど、最近トーンダウンしているな。政策としては地味かも知れんが、重要課題なので貫いてほしいところだ。
トシ:政府としては「次の成長戦略はこれだ!」と華々しく成長を強調した方が、国民にポジティブな印象を与えることが出来るからね。でもコントロールが難しい「成長」(※資料4)より、コントロール可能な「分配」から「成長」が促されるなら、「分配」起点の成長戦略は理にかなっているよね。
博士:そうじゃな。「分配」により個人消費の増大に加えて、企業の競争やイノベーションが促され、経済が成長する。このような「分配」起点の成長戦略がある事を、より多くの人が理解するのが重要なんだろうなあ。

まとめ:
・経済学には「前提が異なる二種類のグループ」があり、そのどちらを手にするかで政策解が全く異なってしまう。
・分配を起点にした成長戦略を多くの人が理解する事が重要。
・分配重視なら厚生年金保険の適用拡大の早期実施が現実的。


※資料1:
権丈善一著『ちょっと気になる政策思想 第2版』 (2021) p.44より:
「国民経済を我々人間に理解させる道具である経済学は,人間が理解できる範囲にものごとを単純化するために,(他の学問でも行っているように)前提を置いています.そして経済学全般を,設けられた前提間で相互に矛盾のない群として眺めてみれば,経済学には大きく2 種類のグループがあります.私はこれを右側の経済学,左側の経済学と呼んできました.右側の経済学と左側の経済学は,それぞれが置いている一群の前提は,それぞれの経済学の中では相互に矛盾がないのですけど,互いに互いを照らし合わせると同時には成立するような話ではない.それほどに相対立する前提を置きあった2 つの経済学の中で,右側の経済学を手にした人は,所得の格差は必要悪だ,成長なくして分配なしと言わざるを得なくなり,左側の経済学を手にした人は,平等は生産的である,分配なくして成長なしということになります.」
 右側の経済学,左側の経済学についてはこちら

※資料2:
「欲望の資本主義2022 成長と分配のジレンマを越えて」 NHK BS1  2022/1/1
https://www.nhk.jp/p/bs1sp/ts/YMKV7LM62W/episode/te/G78Z3JVWP3/

※資料3:
『ユーグレナ出雲氏の達観「それでも日本は変わらない」』 2020/8/19 日経ビジネスより
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO62708090X10C20A8000000/

~「痛みなき改革」で30年間を失った~
「学生だったら『30浪』なんてあり得ないじゃないですか。普通は自分の弱点を認識し、改善するんだと思うんです」
「失業率を上げずにデジタルトランスフォーメーション(DX)を実行することは不可能です。低失業率というメリットを手放したくないから、デジタル化しない。これが日本株式会社の現状です」
日本は30年にわたって、実は失業率を抑えたまま、生産性を高めるという、本来両立しない『いいとこ取り』を目指して失敗してきた。日本人の総意として失業率を高めてまで、生産性を上げようという意思がそもそもなかったというのがオチなんじゃないですか。」

※資料4:
『ノーベル賞経済学者バナジー教授「日本は成長戦略にこだわるな」』 2020/9/7 日経ビジネスより
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00181/083100023/

経済成長はコントロールできないのです。成長率を変化させる良い方法がないためです。経済が成長しない、という意味ではありません。」
「成長スピードを(人為的に)変えようとして失敗した良い例が、1990年代前半の日本でしょう。成長が止まったとき、経済を成長させることが優先度の高い問題になりました。あらゆる施策が取り上げられましたが、結局はうまくいきませんでした。」
「経済成長のスピードは(人為的に)変えられない事実を、信じたくない国がやってしまうことです。政策で成長率に影響を与えようとしても、同時にたくさんのことはできませんね。たくさんのことをしたら、公的債務が爆発的に増えてしまう。それほど大変なことにもかかわらず、やっても成長率は変わらない。」
「日本も今後、また成長するかもしれませんが、それは国がどのような成長戦略が取るかとはあまり関係がないのです。というのも研究によれば、既に裕福な国の経済成長は、基本的に国家戦略には左右されないようなのです。

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