緊張を防止させたければ、下着を被ればよかった話。

今日は、娘が全校生徒の前でスピーチをする日だった。

Persuasive スピーチというもので、生徒が賛否両論あるトピックを選び、自分がどちらの意見かを決める。そしてスピーチを通して観客を自分の意見に賛同させるというものらしい。原稿を書き、それを暗記しなければならず、娘はコロナ隔離中も一所懸命練習していた。

クラスの前で発表する機会は頻繁にあるようだが、全校生徒の前ともなると緊張する生徒は多いだろう。準備最終日の昨日、担任から本格的な緊張防止策を学んできた。
「観客をジャガイモやカボチャと思え」とか「手のひらに人という字を書いて・・・」と同等の信憑性に欠けるものもあったが、私の興味はそれにフォーカスされた。
「観客が下着姿か裸だと思えばいい」
「みんなが頭にパンツをかぶっていると思えばいい」

緊張はしないだろうが、興奮しちゃう。

いや、その前に、これを教え込まれたらステージでとりあえず笑っちゃうのは私だけかしら。
聴衆だって「あの話し手の方、私の下着姿想像してるのかも。いやん」という気分になると思うけれど。

そんなことを考えながら、妄想族の私は思った。
「ストッキングはしょっちゅう被っているけど(被って子どもをお出迎えする)パンツは被ったことないなあ。どんな感じなんだろう」
変態が犯罪を犯す一歩手前のような、魔が差すような感覚。そんな危険な出来心が今回の出来事の始まりだった。

クローゼットを開けて下着を物色してみる。布面積の少ないものからボクサータイプ、ウエストをすっぽり覆うおばさんパンツまで種類は豊富だ。

最初こそ股間部分が頭頂部にくるのって汚ったねえ、と思っていたけれど、最後は股間部分が鼻を覆う大胆なスタイルで、鏡の前でポージングをキメた。
そして出会いは突然に訪れた。
お相手はサイズを間違えて購入してしまった娘のパンツ。
bondsというブランド(肌にぴったりとするタイプ)のもので、これを被った時に奇跡は起こった。
なんと頭の形に沿って、キツ過ぎることもなく、でかすぎもせずぴったりとフィットしたのだ。

これはいけるかもしれない！！
意識こそしていなかったが、私は本気で被るための下着を探していたようだ。

とにかく一筋の光が見えた。

喜びも束の間。いくらピッタリだって、これじゃあどう見てもパンツ被っているとバレてしまう。でもこういうピンチ時の機転は誰よりも利く。上からキャップを被ったら不自然じゃないんじゃない？

パンツの色と同系色の黒のキャップを被った。
キャップからのぞくパンツがラッパーが頭にかぶるドゥーラグに見えた。これならいける。

友人達に
「レペゼン中年、ラッパー・ズロース。四六死苦」
とコメントを添えた写真を送った。

こうしてチェケラされたら非常に困るものを頭に被った中年女が学校の体育館へと向かった。

そうさ、娘の為が10％、自分の性癖を満たす為が90％。
文句あるか！

学校に到着し、保護者席の一番後ろの席に腰を下ろす。
子ども達のスピーチが始まり、すっかりパンツのことなんか忘れて聞き入っていた私。
娘の番になり、頭部を覆う救世主について思い出した。娘の救世主、ズロース様だ。

ステージの上の娘が私を見つけ、アイコンタクトをとってくる。私は真剣な面持ちで頷き、娘もそれに答えるように頷いた。私はゆっくりとキャップのつばを親指と人差し指でつかんだ。
娘の緊張をほぐそうと、一瞬でもパンツを被った母親の姿を見せようとした。誰にも気づかれてはならない、一瞬で職務を全うしなければいけない緊張感。
すると、想像以上に緊張していたのだろう。かなりのスピードでキャップを取ってしまった。その勢いでパンツのゴムが髪の毛を滑べった。その感覚が頭頂部に到達したその瞬間、パンツが宙を舞った。

恥。

ポトリと足元に死骸のように転がったパンツ。
お孫さんを見に来ていた夫婦がパイプ椅子２つ隔てて座っていたけれど、気付かれなかったようだ。

ラッパー・ズロース、九死に一生を得る。

きっと、娘の目にはしっかりとパンツをかぶった私の姿が入ったはずさ。そこからはパンツを手に握りしめ、娘のスピーチに集中した。

ジェスチャーを交え、立派にスピーチをする娘。
「生きてくれてるだけで、感謝だわ・・」ぼそりと口から出た。
もう、歳をとると何でも感動する。そして締まりが悪くなった涙腺からは涙。下からは尿。
両方ともズロースが受け止めてくれた。ズロースよ、本当にありがとう。

帰宅した娘に「スピーチ最高だったね！！私泣いちゃったよ。それにしても全然緊張してなかったんじゃない？！」

娘「ママの存在が恥ずかしすぎて、それどころじゃなかった」
そう言って、せせら笑った。
人を見下すことまで知っているなんて、本当に成長したもんだ。

と言うことは、娘は宙を舞ったズロースの姿をしっかりと目でとらえ、その結果、緊張しなかったのだ！！

ラッパー・ズロース、職務全う。

娘の役に立てて本当に良かった。
この恩は忘れない。


敬愛するラッパー・ズロース　R.I.P
永遠にリスペクト。