「怪物」を観た感想
わたしの好きな人たちの組み合わせの映画
カンヌ映画祭で脚本賞を取った作品です。大豆生田とわ子と元3人の夫で、坂本裕二作品が好きになりました。軽快なテンポ、独特な表現、憎めないけど一言多い。こういう人間いるいる…という共感をしてしまいます。
もともと是枝監督の作品も大好きです。人の深層心理に入り込み、「家族とは何か」「愛とは何か」を考えさせる作品が多いなと思ってます。メジャーな作品ばかりですが、空気人形、海街diary、万引き家族…どれも好きです。
怪物という作品は、作品のタイトルからして恐ろしいし、「子供が出てくる話」だと思って、絶対つらくて、怖い話だと思い込んでしまい、視聴を避けてきました。産休入ってやっと心と時間の余裕ができたので観ることにしました。以外ネタバレを含む感想を書きます。
母親、教師、子供三者の視点
母親からの視点
わたしは母親なので安藤サクラが演じる麦野湊の母親の役、麦野サオリにはかなり共感してしまいました。教師による我が子への体罰、不適切な発言…それらをただ、うやむやにする学校側の態度。とくに校長は上辺だけの謝罪の言葉を述べるのみで、ゆるせない態度だなと思いました。当の担任も謝罪しているとは思えない態度、シングルマザーをバカにした発言。
いじめや、体罰があっても、自己保身のために事なかれ主義の学校って、いまだにたくさんあると思います。自分の子供が学校で危険な目に遭っていたら…という想像をしてゾワゾワとしました。
教師からの視点
母親の視点から一転する。赴任してやる気と子供への思いやりに満ち溢れた保利先生。たまたま麦野湊が教室で暴れているところを止めたら鼻血がでてしまう。保利先生が麦野を殴ったことにされ、どんどん話がエスカレートします。「やってないのにやったことにされる」「とりあえず保護者へ謝らされる」
麦野の母親への謝罪のためのリハーサル…どれも腐ってるなと思いました。
校長の自己保身のために、学校を守るために、若い教員が犠牲になるというのが悔しくなりました。そもそもいじめや体罰はあったのか、誰が「悪い」のかわからなくなりました。
子供からの視点
いじめられていたのは麦野湊ではなく、星川依里でした。女の子のようなかわいらしく、その独特の異質さから、同級生の男子からいじめの対象になっていました。麦野湊は心配しつつも、「学校内では話しかけないで」と冷たく言い放ちます。星川くんの味方をしたら、友達とみなされたら、麦野湊までいじめの対象になるからです。
2人は山の中の廃電車の車両を秘密基地とし、放課後はそこで過ごすようになります。
麦野湊と、星川依里の関係は「友達」という単純な関係だけではなくなります。具体的な描写は「抱擁」のみですが、2人の間に流れるのは友情ではない違った感情として描かれています。
私はこの作品にLGBTという題材が入っているのを知りませんでした。カンヌ映画祭ではLGBTQを題材にした作品を対象とするクィア・パルムという賞があり、怪物もこれを受賞しています。
小学5年生は、大人の階段を登り始めた微妙な年齢で、自分の体も変化し、異性が気になる年齢です。
当たり前のように大人たちは「男らしく握手しよう」とか「お父さんはラグビー選手だったのよ」とか、子供たちに何気なくそういった言葉をかけています。この作品のなかでは、そういった言葉が知らず知らずのうちに子供を傷つけていました。
怪物は誰なのか…
校長先生は怪物なのか?
目に見えて悪人といえるのは誰かわかりません。しいていうなら田中裕子さんが演じる校長先生なのでしょうか。ここは憶測ですが、自身の運転で孫を轢いてしまい、その罪を夫になすりつけ、夫は刑務所にいます。学校や、校長という立場を守るためなのか…真実はわかりません。ただ、麦野湊が抱える心の悩みを受け止めどう発散したらいいか、は教えてくれました。
「しょうもないしょうもない、誰にでも手に入るものを幸せっていうの」このセリフが印象に残りました。
星川くんの父親は怪物なのか?
星川くんのアイデンティティを許せない父親。彼が怪物なのでしょうか。星川くんの脳みそは豚の脳みそと言ったり、麦野くんに「べつに好きな子がいる」と嘘を言わせたり…虐待をされていると思われる描写もありました。
自分が親の立場になってから、もし将来、子供の性自認が身体とは異なっていて、同性愛者だとしたら、私は動揺せずには居られないと思います。我が子は普通の結婚をすることはない、我が子が愛する人は我が子と同性の人物で、一生孫の姿を見ることができない…
それはいわゆる「普通の幸せ」ではないでしょう。そんな想像をしてしまいました。恐怖というか、一抹の不安と、寂しさを感じました。
もしかしたら星川くんの父親のように、子供の個性を否定したり、普通の子供に戻そうと必死になってしまうかもしれません。いまはダイバーシティのある世界、色々な価値観が許される社会になりました。
みんなとは違う個性を持つ人が身内になったら、受け入れることが自分ごとになれば、誰もが慌てふためき、動揺するのは当然だと思います。
「普通」を求めれば求めるほど皆怪物になる
「普通でありたい、普通の人でありたい、波風をたたせまいとすると、誰もが怪物になりうる…」
それがこの映画のメッセージなのかもしれないと思いました。校長先生も、保利先生も、普通の幸せを手にしたくて、もがいているように見えました。
麦野くんと星川くんの楽しそうな様子とは対照的に、心のなかには深い闇がありました。母親や教師たちが、真実に気づいた時にはもう遅かった…エンディングの描写は私はとても辛かったです。麦野くんと星川くんは生きていてほしいなと思いました。
子育てをしていて、子供の個性や将来について毎日考えてはいましたが、この映画のテーマは欠落していた視点だったので、視聴してよかったなと思います。