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37歳ももクロオタの彼の日常

とある土曜日の夜。日付変更まで残り3分というところだろうか、私の彼はパソコンを前に、神妙な面持ちで正座していた。

時折時計を見たり、せわしなく両手をジーパンの膝に擦り付けたりしながら「その時」を待っているようだ。

遡ること数時間、私たちは待ち合わせをして遊び、外食をしていた。土曜日だったので、そのままうちに泊まりにくるか聞くと、どうも煮え切らない返事が返ってくる。

予定でもあるのだろうか? よく見るといつもより多い荷物。

「一応泊まる準備はしてきてるんだけど……」

「あ、そうなんだ。どうしたの?」

「明日しおりんの誕生日で、あの、0時ピッタリにインスタあげたくて……食事を早めに切り上げて作業したいんだけど、家で作業するの邪魔なら帰ろうかと……」

こちらで紹介したように、私の彼は「ももいろクローバーZ」というアイドルグループの熱烈なファンだ。ももクロ応援専用のインスタアカウントを開設して、誰に頼まれたわけでもないのに毎日せっせと投稿している。そして、彼女たちの誕生日にはスペシャルメッセージ&画像をデザインして投稿している。

「じゃあサクッと食べて帰ろう。うちで作業していいよ!」

趣味とはいえ、彼の仕事モードを垣間見られるのは嬉しい。たとえ私以外の若い女のためであっても。

コンビニで追いビールとつまみを購入し、急いで帰路につく。

ふと、なぜ、誰だかよくわからんアイドルのために土曜日の飲みタイムを中断せにゃならんのじゃ!という気持ちと、しおりんを応援する彼を応援したい…「がんばるあなたを応援しています」というACジャパンのCMのような気持ちが沸き起こり揺れる。

家に着くと彼は酒も飲まずに作業集中モードに入った。

しおりんこと玉井詩織ちゃんは、ももクロで「黄色」担当のショートカットが似合う女の子だ。とにかく器用で、歌もダンスもトークもそつなくこなせる”スーパーサブ”としてメンバーからの信頼も厚い。

「しおりんっていくつになるの?」

「22歳」

しおりん(22)よ、知っていますか? ここに、あなたの誕生日の0時ちょうどに、HAPPY BIRTHDAY!! と伝えたくて、正座して待ってるピュアメン(37)がいることを。万が一にでもあなたの目に止まった時、喜んでくれたら嬉しいという一心でいることを。

しおりん推しなのでしおりんの誕生日にスペシャル投稿をするのはわかる。しかしどうやら他のメンバー全員分やってるらしい。

ももクロは当時5人グループだったが、グループコンサートだけでなく各自ソロコンも開催していた。まさかと思ったが、うちの彼は健気にソロコンも参戦してるようだった。

直近では、「緑担当」の有安杏果ちゃん(のちに脱退)のソロコンのためにひとりで鳥取に行き、「紫担当」の高城れにちゃんのソロコン…ではなく、芸人の永野とコラボした謎のコント?のような2人舞台まで行っていた。

さらに、初ソロイベントなどのお祝い時には、ひとつ数万円の祝い花を贈ることもあるらしい。

さすがにキリがないのではないかと思い、なぜそこまでするのか聞いてみたところ、こんな名言を吐いた。

「自分に5人の娘がいたら、5回運動会行ってあげないとって、思うでしょ?」


思わねえよ!!!笑 運動会は1回しか開催しないわ!!!

健気に正座で待機する彼を尻目に私はあぐらでビールを流し込んだ。

ビールがなくなり、仕方がないので、彼に「ライブまでに予習しておくように」と言われていたももクロのライブDVDを見て時間を潰す…もとい予習することに。

適当に選んだ一枚は、2014年の春のライブ。場所は国立競技場。なんでも、国立でのライブは彼女たちのグループ結成当時からの目標だったそう。

ところが、国立競技場は東京オリンピック前に解体が決まり、解体前までのアーティストイベントはすべて埋まってしまっていた。それがどういったわけか、奇跡的に滑り込みでライブ開催できることになり、しかも「解体前最後のライブ」をしたアーティストという称号?まで得られたらしい。

アイドルの強運て大事だ。

DVDは最初は流し見状態だった。いかんせん誰がどの子だか見分けも聴き分けもつかないし、ファンとのお約束(らしい)パフォーマンスも部外者には寒く見えてしまう。

が、さすがアイドル。人を引き込む力があり、「おっ!」という心に残る曲が出てきた。

ももクロの持ち歌はどれもキャッチーで耳に残りやすい。好きになったのは、「Z女戦争」という曲。

それと、「GOUNN」という曲。

「乙女戦争」は「相対性理論」のやくしまるえつこが提供した曲だそうだ。へえー。

無事にインスタ投稿が完了したらしい彼がいつのまにか隣に座り、時おり解説を吹き込んでくる。

アイドルのライブなんてどうせ口パクだろうと思っていたのだが、ももクロは生歌らしい。最初は口パクだったのを、ある時からスパルタ式の強制生歌に変更したんだとか。

当然ド下手で、なかなか聴くに堪えない時もあったが、努力と場数でずいぶん上達したのだそうだ。へえー。

突然、彼がDVDを止めたので何事かと思えば、

「ここ! 俺、この辺にいるの!」

と嬉しそうにアピールしてくるのでめんどくさくも温かく見守った。

少しずつももクロが好きになっていく。まだ誰がどの子だかあまりわからないけど。

翌日、彼が私にプレゼントしたいものがあるというのでワクワクしていると秋葉原に連れて行かれた。

秋葉???

着いたのはアイドル公式グッズの中古品が売っている店だった。こういうところに足を踏み入れるのは初めてだ。どうやらライブの日に備えて、私にTシャツを買ってくれるつもりらしい。

「私なんか初心者なんだから普通の服でいいよ!」と言うも、「逆に浮く」「溶け込め」と力強く言われ、そういうもんかと引き下がった。

Tシャツはさまざまな種類があり、これは何年のライブ、これは誰々とコラボしててなどと解説される。

「これ、ライブで着てる女の子、可愛いなって思うんだけどどう?」

彼がおもむろにそういって手に取ったのは、ドでかい水玉柄の、みっっじかいフリフリワンピースだった。

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彼は「何色にする?」と迫る。


……何色と言われても。


その前に、ミドルアラサーに水玉フリフリはキツイよ!!!

必死に抵抗すると彼はしぶしぶ引き下がった。そして一緒に妥協点のTシャツを決めた。さて、何色にしよう。

私は、

「ピ、ピンクかな!ピンク好き」

とピンク色をチョイスしたところ、彼は渋い顔をした。

「そういう風に決めてほしくない」

私は悔い改めた。推しを色で決めるなど言語道断。冒涜だった。色じゃない、人で選ぶのだ。

昨日のDVDを思い出す。みんな元気で可愛かったが、一番小柄で目立たないながらも、歌やダンスが誰よりパワフルで、何より歌が上手い「緑色」の有安杏果ちゃんが気になっていると、彼に告げた。

「杏果(ももか)か!じゃあ、ももかにしよう!」

彼は満足そうに緑色のTシャツを手にしてレジに向かった。

こうして、ももクロのライブTシャツが、彼氏からの初めてのプレゼントとなった。

その日は解散して家に帰った。私は買ってもらったTシャツを試しに着てみた。すると自分もももクロファンの一員になった気分になった。

当初の「ドルオタめ」と蔑むような気持ちは薄れ、ももクロをアーティストとして見ている自分に気がつく。

その夜はももクロのYouTubeを見漁った。彼女たちは、最初は本当に歌も何もかも下手ックソだった。だけどいつも元気で自然体で、カラッと明るかった。

気がついたら明け方になっていた。

そのころには、私はすっかりももクロのファンになっていた。










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