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甘い罠

《赤》
きみがぼくの手をひっぱって
愉しそうに駆けるから
かかとを踏んだままのスニーカーが
そのまま麗らかな光の世界へ飛んでいきそうで

「さて、どこでしょうかっ?」
天真爛漫を開花させた満面の笑みで
いつもぼくを真っ直ぐみつめる
「なに?なにが?」
「この白木蓮の中に1つだけお花じゃないものが、かくれんぼしてます。さて、どこでしょうかっ?」
見上げると、純真無垢な純白たちが
眩しい青空に輝きわたり揺れていた

「……わかんない?」
「…うーん。わかんない。」
「本当にわかんない?ふふふ」
「うん。なに?なにを隠したの?」

「あははっ!…丸めたティッシュ!あははは」

きみはたのしそうに笑う
ぼくは永遠にみつけない
たとえこの先
どんな不自然な花が咲こうとも
きみの笑顔がこの世界を
美しく喜びで満たすから

かくれんぼは終わらせない



《黒》
「…雨。強くなってきたから、家の前まで送るよ」

「…ううん、ここで大丈夫…」

「……それでいいのか」

それでいいのか…自分で言って、自分に返ってくる。
雨で濡れてもいいのか、今日で終わらせていいのか、俺はなにもできないのか、俺はこれでいいのか、お前は、それでいいのか……

「…お義母さんとね、
同居することになったの。
先月から具合が良くなくて。それで…」

「また旦那が決めたのか?」

「…またって…。色々話し合ったの。
今まで通りに時間を使えなくなる。
上の子の受験も始まるの。
…これ以上は聞かないで。」


フロントガラスに打ち付ける雨が強くなってきた。毎日触っているハンドルがこんなにザラザラしていたかなと、ふと思った。

「…もう行くね、今までありがとう」

「……傘、持っていくか?」

静かに首を横にふって、一瞬の春の雨音が車内に入り込み、またすぐ静寂がはじまる。この静寂に堪えられそうに無くてすぐにエンジンをかけた。
暗闇を切り裂くようにライトで照らされたその先に、足早に消えていこうとするその後姿が、前のT字路を左折するのが見えた。

ゆっくりアクセルを踏んで、またブレーキを踏む。
ざらついたハンドルに少し体重をかけて左を見た。
あの美しい後姿は、医者が建てた立派な新築の重厚な玄関のドアの中へ、スルリと消えていった。

門扉のフェンスの内側でライトアップされた満開の白木蓮が、闇夜に浮かぶ幽霊のようにぼんやり嗤って見えた。

白木蓮が好きだと、たしか出逢ったときに言っていたな。

ウィンカーは出さずに、すぐに右折してワイパーを速くした。煙草に火をつけて、窓を半分あけた。

雨が降りこんだ。アクセルを強く踏んだ。好きだった香水の残り香はすぐに消えた。

俺は白木蓮が嫌いになった。

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