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【小説】にゃー



俺は今、とある建物の前にいる。

先日、嫁の由美が「絶対当たるから」と言って俺に勧めてきた占いとやらをしてもらう為、ここに来ている

正直、占いに興味はない。今度会社の同僚と行く、キャバクラでの話しのネタになりそうだからと思い、由美に予約を入れてもらった。

見た目は至って普通の民家だけど、奥行きがあって妙に大きい。看板には『占いの館』とベタなネーミングが書かれていた。その文字の横に小さく何か書いてある。

※猫が苦手な方、アレルギーがある方はご遠慮下さい

なんだろ?俺は猫好きだからいいけど、猫でも飼ってるのかな。

そういえば由美のやつ、どんな占いなのか頑なに教えてくれなかったんだよなあ。「行ったらわかるから」って言ってたけど…

まあ、とりあえず占ってもらうか。

俺はインターフォンを押した。

「は~い」

甲高い声と共に、ドアが開いた。

ピエロみたいな派手な服を着た、長髪の男が出てきた。

「あ、こんにちは~。あなたがユミちゃんの旦那さん?はじめまして~占い師のキュー・ニクで~す」

男は長身でヒョロリとしており、一重で切れ長な目をしていた。

「こんにちは。はじめまして、由美の夫の町田悟です。今日はよろしくお願いします。」

「サトル君かあ。ユミちゃんから聞いてるよ~。僕の事はキューって呼んでね。さ、中に入って」

なんか軽薄そうな男だな。年齢も不詳。初対面でタメ口だし、俺の苦手なタイプだ。しかもかなりのイケメン。なんか腹立つ。由美のヤツだからここに……占いしてもらったらさっさと帰ろ。

通された部屋は、8畳ほどあるフローリングで、テーブルと椅子が二脚だけの、殺風景な部屋だった。

「じゃあ、とりあえずそこ座って」

「はい」

「で、今日は何を占ってほしい?」

「えっと…仕事の事とかですかね」

「ふふふ。サトル君って本当は占いに興味ないでしょ?ここに来たのは話のネタでも探しにきた?」

なんだこいつ。なんでそんな事わかるんだ…

「いや…そんな事ないですよ!少しは興味ありますし…ほら、由美だって当たるって勧めてきたし…」

俺は動揺し、小学生みたいな言い訳をした。

「少しは…ね。まあ、いいけど。ユミちゃんに免じて占うよ」

俺は胸を撫で下ろした。占ってもらえなかったら由美になんて言われるか…

「うーん。いつもはタロットカードで占うんだけど、あなたもユミちゃんと同じでタロットカードではなさそうだから、別の占いにするね」


そう言って占い師は立ち上がり、部屋の奥にあるドアの前に立った。


厳重に施錠されたドアで、開けるのに時間がかかっている。

しばらくすると解錠できたらしく、占い師は俺の方を振り向いた。

「ちょっと来て」

「あ、はい」

俺は占い師に近づき、開けられたドアの向こうを見た。


目の前の光景に息をのんだ。


20畳?いや50畳分ほどのフローリングのかなりの広さの部屋。部屋の中には色んな種類のキャットタワーが置いてあり、十数匹の猫たちがそれぞれ遊んでいた。様々な種類や柄の猫がいる。

「なんで…すか、ここ」

無類の猫好きの俺にはたまらない光景だった。

「すごい?さあ中入って、案内する」

占い師に促され、奥へと進んだ。

キャットタワーの置かれた部屋の奥には、3つの入り口があった。右側がベッドルーム、真ん中が食事をする場所、左側はトイレになっていた。どの部屋の物品も、猫の数だけ用意されていた。自由に出入りできるように、入り口にはドアがなかった。

「いやあ…すごいですね」

「まあ、驚くよね。僕の自慢の場所なんだ。猫に触りたい?」

「はい、是非!」

「触ってもいいけど、気に入った猫や気になる猫がいたら僕に教えて」

俺は早速、キャットタワーがある広い部屋にいる猫たちを見てまわった。

うわ…色んな種類の猫がいるなあ。アメリカショートヘアー、マンチカン…日本猫もいる。キジトラもいるしハチワレも…ここはパラダイスか?なんて幸せなんだ!あ、茶トラがいる。丸くて顔が強そうだ。ボスかなあ。この茶トラ、絶対由美が好きそうな猫だ。あいつ茶トラに目がないからな。

俺は沢山あるキャットタワーの中のひとつにいる、とある猫に目がくぎ付けになった。

おお!この猫、めちゃくちゃ可愛いい!なんて愛らしいんだ!

「すみません!えっと…キューさん?この猫すごい気になるっていうか、すごい気に入ったんですけど」

「ほんと?どれ?」

「右端にあるキャットタワーの猫です。今、爪研ぎをしています」

その猫は、しっぽだけが黒い、真っ白な体をした猫だった。目の色はイエローだ。

「へえ、あの猫」

占い師はその猫に近づいた。近づいてきた占い師に気がついた猫は、爪研ぎをやめ、占い師を見上げ「にゃー」と鳴いた。

なんて可愛らしい鳴き声!!甘えるような、とろけるような声。その声を俺に向けて欲しい!ずっと聴いていたいなあ…

俺はその鳴き声にうっとりした。

占い師がその猫を抱き上げた。

「占いするから来て」

そう言って、はじめに通された部屋戻った。

「そこ座って」

占い師に促され椅子に座る。占い師も猫を抱いたまま椅子に座った。

「じゃあ、はじめるね」

そう言った後、占い師は猫の右の前足を持ち上げ、俺に見せた。

「この肉球をちょっと見て。肉球で猫の性格がわかるって知ってる?」

「いや、知らないです」

「猫の数だけ肉球の柄や形がちがうの。だから、その肉球を見て性格を視るの。肉球占いって聞いた事ない?」

「ぷはっ!」

俺は、肉球占いと聞いて吹き出してしまった。

「あ、なんかすみません…あの…ふふ…肉球占いって…はじめて聞いたもんですから。なんか可笑しくて…」

「まあ、あまり知られていないかもね。でも本当にあるんだよ。肉球占いって」

「そ、そうなんですね。キューさんが勝手に作った占いとかじゃなくて?」


「ちがうちがう。本当にあるの。後でググってみて。今からやる占いは、その肉球占いなの。僕がする肉球占いは、猫の性格を視るんじゃなくて、ここにいる沢山の猫たちの中の一匹を選んだその人間を、猫を通して視る占いなの」

「へえ…そうなんですか。なんだか面白そうですね」

「じゃあ、やるよ。もう一度この猫の肉球をみて」

そう言って、再び俺に肉球を見せてきた。

「サトル君が選んだこの子の肉球なんだけど、指球のひとつが黒いの。指球は人間でいうと、指の事ね。この大きい丸いのが掌球で、その上にある小さい4つの丸が指球。ちょっと離れた所にあるのが狼爪。人間でいうと親指の事。 サトル君が選んだ猫は指球がひとつ黒くなってるでしょ?」

「あ、黒いですね。そこは人間でいうと、中指ですかね」

「そう、正解!さすがサトル君。黒がここの配置だと、お金が働いてくれる才能があるって出てる。」

「お金に困らないって事ですか?」

「困らないというか、お金の使い方が上手なのかな…使っていい所とダメな所がわかってる。で、使う所がドンピシャだと、そのお金がいい運気を引き寄せてくれる感じ。望んでた仕事が入ったりね」

おお、なんか嬉しい

「サトル君の仕事って力仕事?見た目はそんな感じはしないんだけど、この掌球の形がそう言ってる。ちがう?」

「いや、あってます」

当たってる…由美から聞いたのか?

「サトル君、部下とか同僚に慕われてるよね。うん、リーダータイプ。サトル君、もしかして、何かしようとしてる?」

「え?な、なんでですか」

え?え?確かにうちの会社ブラック過ぎるから、同僚と部下で来週、社長の所に直談判する事になってるんだけど…なんで知ってるんだ?由美にも話してないのに…

「それ、やめたほうがいいよ」

「どうして…」

「変わるから。焦らなくても今の状況が良くなる。近いうちに、大きな存在が現れる。その存在がサトル君の今のモヤモヤした状況、変えてくれるよ」

もしかして、来月の人事異動の事か?確か本社から新しい部長が来るんだよな。大きな存在ってその人の事?

「安心して。その人とサトル君、もともと相性がとてもいいから。上手くいくよ。その存在が現れる事でガラッと変わる」

「そうですか…動かないほうがいいのか」

あぶねぇ…来週の直談判中止だな。キューさん、いや…キュー先生すげぇ

「何か聞きたい事ある?」

「由美って何を占ってもらったんですか?」

「うーん。あんまり言っちゃダメなんだけどね、旦那さんだからいいか。ユミちゃん、仕事の人間関係で悩んでるみたい。猫みたいになりたいって言ってたな」

「猫みたいに?」

「うん。猫ってなんか周りに流されずにマイペースでクールな感じしない?自分の気持ちに正直で、人の顔色なんてお構い無しでわがままで…。そんな猫みたいに強く、大きくなりたいみたいだよ」

「そうなんですか…」

知らなかった。由美がそんなに悩んでたなんて

「そうだ!ユミちゃんにもやったんだけど、特別サービスしてあげる。ここに顔を近づけてみて」

そう言うと、キュー先生は猫の右の前足を持ち、また俺に肉球を見せてきた。

俺は言われた通り、顔を近づけた。

すると、キュー先生は肉球を優しく撫ではじめた。

「どう?いい香りしない?」

しばらくすると、なんとも言えない、いい香りが漂ってきた。

「いい匂い…」

だんだん頭の中がふわふわして一瞬、意識が飛んだ。

「サトル君どう?」

「なんかいい匂いですね。そのにゃー」

ん?今、変な事言った?

「えっと…そのにゃーあれ?」

え?え?今にゃーって言ったよな俺…どういう事だ?

「あははは!サトル君!君の願いはそれか!」

「願い?どういう事ですか?」

「サトル君はあの時、この猫の事どう思った?」

「いや…声が可愛いいなあって。いつまでも聴いていたいって思いました」

「そう、それ!肉球の匂いを嗅ぐ事で、強く願った事が叶うんだよ。その発動条件はね、肉球って言う事なんだ」

「え…にゃー?」

「あははは!いや~まさか猫の鳴き声とは。さすが猫好きだね」

「この魔法?みたいなのは消えるんですか?」

「消えるというか…猫の好物を食べなきゃ出なくなるよ。食べればまた出るし。今日、魚食べた?」

「はい。朝と昼に食べました」

「う~ん。夕飯までには弱くなるよ」

「もしかして由美も?由美はどんな願いだったんですか?」

「さあ、それは言えない。本人に聞いてみて」

「そうですが…」

俺はキュー先生にお金を払い、占いの館を後にした。

占いの館を出ると、日が沈みかけていた。

俺は、由美の願いがなんなのか知りたくて急いで帰った。

「ただいま」

リビングのドアを開けると、魚の匂いがした。

テーブルの上にはありとあらゆる魚料理が置かれていた。どれも10人前くらいある。

「あ、おかえり~」

由美がキッチンから顔を出した。

「おい、なんだよこの魚料理」

「魚好きでしょ?でもちょっと足りないかな」

「好きだけど、多すぎるだろ」

「そうかな~」

「そういえばお前、あの占いの館で何を願ったんだ?その…にゃー占い」

「あははは!何それ、可愛いいんだけど。サトル、猫の声になりたいって願ったの?」

「ちがう。猫の鳴き声が可愛いかったから、いつまでも聴いていたいって思って」

「そう、それで猫の鳴き声なんだね」

「お前の願いはなんだったんだ?」

「知りたい?」

「うん」

「そう…じゃあ可愛いがってね」

そう言うと、由美は不敵な笑みを浮かべた。

「私が願ったのはね…肉球」

由美が肉球と言った瞬間、ズドンッと大きな音がした。

天井からパラパラと何かが落ちてきて、砂ぼこりが立った。

「うわっ…おい!!由美!大丈夫か!」

しばらくすると、砂ぼこりが落ちつきはじめ、視界がだんだん明るくなってきた。


「由美…猫みたいになりたいのと、猫になりたいは全然ちがうぞ…」

目の前には、巨大化した茶トラが俺を見下ろしていた。


#眠れない夜に

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