『落研ファイブっ』第二ピリオド(15-2)「言えない事」
【音楽コンクール――通称生き地獄――ファイナル/午前八時四十分】
〔色〕「松田松尾君。長津田君は一体何者だい。話が弾んで結局直接お父さん同伴で会っちゃったよ」
当日リハーサルを終えた松尾の元に、元日吉大学文学部美学科の名物教授で音楽評論家の色川がやってきた。
〔松〕「実は僕もほぼ面識が無いのです。落語家の小柳屋御米師匠から、色川先生に彼を紹介するように言われまして」
松尾は詳しいいきさつは敢えて話さず、手短に告げる。
〔色〕「そうそう。君はサッカー部に入っているそうだね。ダメだよ、君の天性の楽器に傷がつく。そも芸術家たるもの、世俗に目をくれずあくまで芸道に一生を捧げ」
〔運〕「出場者番号三番松田松尾さん。写真撮影のお時間です」
放っておくとこの調子で何時間も話し続ける色川を放置したまま、松尾は案内係の指示に従った。
※※※
写真撮影を終えた松尾はスマホをさっと開いた。
〔松〕「第一回戦の相手は『かしわ台コケッコー』。勝てる。だが、あそこと当たるのは違う意味でマズイな。『かしわ台コケッコー』を下した場合、二回戦は『うさぎ軍団』と『でかでかちゃん』の勝者」
飛島にメッセージを入れるも返信はない。
松尾は大人しくスマホをしまうと、立ち上がって指を開いたり閉じたりした。
〔二〕「松田君、リハ室空いたみたい。使わないの」
声を掛けてきたのは海外のコンクールで二位入賞した霧友芸術大学のエース、出場者番号二番である。
〔松〕「どうぞ。僕は本番で弾くピアノのくせを忘れたくないので」
〔二〕「そっか。じゃ遠慮なく。それにしても、松田君はどうして一番不利なトップバッターになったのに、どうしてあんなに喜んだの。それともトップバッターだからこそ出来る秘策でもあるのかな」
前日のくじ引きでトップバッターを引き当てガッツポーズで思わず踊った松尾。
他出場者から冷たい視線を浴びる中、大人の微笑みで松尾を見守っていたのが出場者番号二番である。
〔松〕「えっと、あんまり気にしないでください」
どうしてもトップバッターを引き当てたかった理由を言えない松尾は、あいまいに笑うと再度スマホを取り出す。
時刻は午前九時を回った所だった。
〔飛〕〈こちらは現在三対一でリード。スタメンは天河さん・仏像さん・下野君・服部さん・長門さんの鉄板メンバーです。この後は松田君の本番が終わるまで一切返信しません。他の人に連絡しても誰も返信しません。集中!〉
〔松〕「そうだね、集中」
鬼のイラストの添えられた飛島からのメッセージを見ると、松尾はタキシード下に着こんだ赤いうどん粉病Tシャツに手を当てた。
※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。
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