『落研ファイブっ』(11-1)「好きなもの」
〈臨時休校日 横浜駅東口方面にて〉
〔仏〕「悪いな。三元からも呼び出しあったのにな」
〔松〕「三元さんの呼び出しに全然気づいてなくて」
〔仏〕「三元には食事会に行かずに俺と会ったの内緒にして。三元の家に集まったら昨日の話しになるだろ。あの家のノリが今はきつい」
横浜駅近くの巨大商業施設と駅との連絡通路脇でたたずんでいた仏像は、嫌味なぐらいサマになっている。
〔松〕「仕出し屋さんですよね。どんな感じなんですか」
〔仏〕「落語の人情噺そのもの。ウクレレ漫談の師匠が台所代わりに店に入り浸って、ばあちゃんが店を仕切ってて。暖かいんだけど、付き合うのが辛い時がある」
松尾は無言でうなずいた。
〔仏〕「昼飯をごちそうするって言ってたけど、行くともれなくにぎわい座に連れていかれるんだよ。今そんな気分じゃねえ」
〔松〕「シャモさん達は三元さんの家に」
〔仏〕「シャモは行くって言ってたな。餌は知らねえ。あいつらこの前の土日も一泊旅行してたし、仲良いよな」
横浜駅の連絡通路をしばらく無言で歩いていると、仏像がちらりと松尾を見て口を開いた。
〔仏〕「なあ、やっぱり図書館は午後からで良い。俺の家来いよ。昼飯はお勧めの中華屋があるから、そこに行こう」
目の前で起こった事件の衝撃を一人きりで反芻したくなかったのだろう――。
気を紛らわすために、余計な事を言わなさそうな自分が呼び出されたのだろうなと松尾は思った。
〈仏像宅〉
〔松〕「うわすごい数のトロフィー。こんなの人間技じゃないですって」
リビングにはぞろぞろと並べられたトロフィーと賞状の入った額に、松尾は思わず感嘆の声を漏らす。
〔仏〕「今はもう飛べない。モチベーションが無くなった」
松尾はゴーグル姿で空を高く舞う『雪の王子様』こと仏像の写真に見入った。
〔仏〕「それより俺の仏像コレクション見ろよ。エロいっしょ」
〔松〕「エロい?」
仏像の自室に招かれた松尾は、整然と並ぶ仏像フィギュアのどこにエロティシズムを感じて良いやらわからず、思わず聞き返す。
〔仏〕「これは如意輪観音。ここの頬杖の部分が我ながらエッロく仕上がったなーと。エロいと言えばさ、これめっちゃエロくない」
エロいエロいと興奮しながら話す超イケメンかつ文武両刀の高校生が手にするのが仏像図鑑なのだから、人の嗜好は見た目では分からない。
ついて行けないと言う顔を隠しもせず、松尾は無言で図鑑をめくった。
〔仏〕「これ最高。腰布の角度があと一センチでもずれてたら台無しなんだよな。絶妙すぎんだろ」
〔松〕「僕の事を広隆寺の弥勒菩薩に似ているっておっしゃいましたよね。では仏像さんはご自身をどの仏像に似ていると思われますか」
黙らせるつもりの質問が、とんだ藪蛇だった。
〔仏〕「月光菩薩。まずもって語感が良いでしょ。それでねそれでね」
仏像がここまでマシンガントーカーだったとは――。
三元さんの家に行けば良かった、とまで松尾が思い始めた矢先の事だった。
〔仏〕「シャモからだ。桂先生打撲で全治三週間って。校長は全治二週間。サッカー部に軽症者数名。監督は三年の部員にフルボッコにされたけど悪運強くて全治一か月で済んだんだって。矮星はピンピンしてるらしい」
〔松〕「ものすごい爆発音がした割には。良かったですねって言うのも変だけど」
〔仏〕「死人が出てもおかしくない状況だったもんな。俺、あの光景と音と、ガソリンの匂いが一晩中消えなくてさ。一人で一日中いたらおかしくなっちゃいそうで」
オフホワイトのシーツが掛けられたベッドを背もたれにして、仏像が天井を見上げた。
〔松〕「僕だって同じです。まさか日本で、自分の学校で、目の前であんな事が起こるとは」
仏像図鑑をバタンと閉じると、松尾は仏像の隣に座った。
〔仏〕「なあ、俺の事はゴーって呼んで。そうしないと仏像語りする時に不便じゃん」
〔松〕「五郎さんじゃなくて、ゴーさん」
〔仏〕「さんづけとか好きじゃねーわ。外国の知り合いからはゴーって呼ばれてる。五郎って名前は爺さんぽくって好きじゃないけど『Go!』はカッコいい」
〔松〕「自分だけゴーって呼んだら馴れ馴れしくないですか」
〔仏〕「ああ、俺と二人の時ね。仏像語りでどっちの事呼ばれてるのか混乱して来るからさ」
〔松〕「まだ仏像語り続ける気ですか、ついて行けませんよ」
松尾が白状すると、仏像はまたやっちゃったと苦笑した。
〔仏〕「昼飯行くか。人気店だから早めに行かねえと。あ、これやるわ。花粉眼鏡に飽きたら学校でも使えよ」
仏像図鑑を棚に戻すと、仏像は机の引き出しからモスグリーンの伊達メガネを取り出した。
〈横浜駅西口〉
早めの昼食を済ませた仏像と松尾が並んで歩いていると、なじみ深い声が店先から聞こえてきた。
〔餌〕『本日六本パックお買い上げのお客様には試供品として――』
餌は良く通る声で独特の節をつけながら、新商品を瞬く間に売りさばく。
〔餌〕『这是日本产的(こちらは日本製ですよ)』
〔松〕「餌さんって中国語も出来るんですか」
〔仏〕「日常会話ぐらいは行けるらしいよ。ジャカルタには華僑が多いからね」
〔餌〕「はいそこのイケメン兄弟も六本パックがお買い得」
〔仏〕「あっ、バレた」
にやにやしながら六本パックを掲げる餌が、仏像と松尾を呼んだ。
〔仏〕「お前相変わらず凄腕だな」
〔餌〕「そりゃSクラスマネキン手当もらってますし。一ダースずつお買い上げありがとうございます」
〔仏〕「いやそりゃ無茶だろ」
〔餌〕「じゃ、六本で勘弁してあげますよ」
すっかり乗せられていると分かりながら、仏像は六本パックを手に取った。
〔餌〕「松田君も六本で良いよね」
さも当然のごとく六本パックを勧める餌は、なるほどSランカーらしいマネキンっぷりである。
※※※
〔餌〕「終わったー。超がんばった。ねえ二人とも、これから一番バーガーに行こ。優待券を使い切りたいし。おごるって」
二人がレジを済ませると、餌は機材を片付けている所だった。
〔仏〕「三元の所に合流しないの」
〔餌〕「三元さんの所に行ったら『三元時間』に巻き込まれるのが目に見える」
不思議そうな顔をする松尾に、仏像が苦笑した。
〔餌〕「じゃ、うどん屋の改札の辺りで待ってて」
うどん屋の改札前でぶらぶらとしていると、パンダのリュックサックを背負った餌がひょいと現れた。
※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。
(2023/8/8 11を分割および一部改稿・改題)
https://note.com/momochikakeru/n/nfc65609e23dc
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