『落研ファイブっ』(51)「みのガールズ(続)」
〈味の芝浜〉
〔う〕「美濃屋の若旦那の番組に千早姐さんが出てら」
四郎の子守を三元に押し付けてお出かけとしゃれこむはずの綱五郎とみつるを、松脂庵うち身師匠が呼び止める。
〔綱〕「竜田川姉妹が若い人のネット配信に出るとは。時代は変わりましたね」
〔み〕「まあ相変わらずあの人は。見てるこっちが恥ずかしいよ」
アンダースコートとも介護用紙おむつともしれない物体をミニスカートの下でひらつかせる千早。
年代物のジュリアナ扇子を持って踊るその様に、みつるは頭を抱えた。
〔う〕「このお嬢さんたちがサッカーをやるのかい」
ビーチサッカーのルールをみのガールズに説明するシャモに、うち身師匠が目を丸くした。
〔綱〕「千早師匠はさすがに無理でしょう。あちらのふくよかなご婦人も大変そうだ」
〔み〕「あの人は気持ちばかりが若くて体がついてかないんだから、こっちが哀しくなっちまう。行きましょ」
みつるは綱五郎を急かすように店を後にした。
〈松尾下宿〉
〔松〕「これはヒドイ」
合コンでは無いと念を押されていたとはいえ、どこかに淡い期待を覚えていたはずのプロレス同好会三名は、覆面越しでも明らかに落胆したと分かる動きである。
〔仏〕「服部、あれだけシャモが念を押したのに」
〔松〕「【特技 ゴーゴー】の時点で気づくべきでしたよね」
〔仏〕「ディスコって書かれた方がまだ警戒できたかもな。ゴーゴーって古すぎて逆に分からねえ」
〔松〕「『@レーズン』が老人性イボの事だとは見抜けなくても、せめて『大林あきら』と『ゴーゴー』で地雷回避は出来たはずなのに」
念願の『可愛ちーず@レーズン級』さんと対面して膝から崩れ落ちた服部に、二人は涙を禁じ得なかった。
〔仏〕「この中であいつら三人のニーズをかろうじて満たすのは【あさぎちゃん】ぐらいじゃねえか」
〔松〕「誰かエロカナさん行きませんか」
〔仏〕「お前は行けるのか」
〔松〕「遠慮します」
〔仏〕「だろ。あれ長門がしーちゃん気に入ってねえか」
〔松〕「しーちゃんさんはシンママだって言わなければ良かったのに」
〔仏〕「ヤンママ臭で絶対バレるって」
〔松〕「それは最初に大学生ぐらいの年の息子がいるって情報をインプットされたからですよ。ほら夕飯出来ましたよ」
〔仏〕「『お百度参り』のしをんが出てこねえ。ちらっとでも映らねえかな」
シニアインスタグラマー・『可愛ちーず@レーズン級』と衝撃の対面を果たした服部に手を合わせると、みのちゃんねるを一時停止した仏像と松尾はダイニングテーブルへと移動した。
※※※
〔松〕「煮込み系は量が多い方が美味しく出来るんで一杯食べて」
今晩の二人の夕食は、煮込みハンバーグとサラダである。
〔仏〕「主夫力高っ。俺なんてレトルトフル活用だもんな」
〔松〕「炊き込みご飯と味噌汁美味しかったですよ」
〔仏〕「あれレトルトとダシ入り味噌だもん」
〔松〕「料理が面倒なら毎晩うちで食べましょうよ。千景おばさんが遅番の日は、僕もぼっち飯で寂しいし」
〔仏〕「ダメ」
拒絶に口をとがらせながら、松尾は煮込みハンバーグにナイフを入れた。
ガラムマサラとマヨネーズで和えたきゅうりサラダと煮込みハンバーグを堪能すると、仏像はとろけそうな顔で最後の一さじをすくった。
〔仏〕「やべえ、俺なんか今メチャクチャ多幸感に包まれている。美味しかった。この後にあの配信を見たら台無し」
仏像は映像再生を停止して、目をキラキラさせながら見慣れたはずの風景を鳥の目線で見下ろした。
〈餌宅〉
〔加〕「よっしゃー後五枚っ。パンダ腹減った何か食わせろ」
めくりの紐づけを終えて『みのちゃんねる』を爆笑しながら見ていた餌に、ワッペンを縫い付けていた加奈が命令した。
〔餌〕「相変わらず小気味よいまでの女王様っぷりですね。でも僕らあれから八年経つんですよ。そろそろ下剋上があっても良い頃合いだと思いませんか」
〔加〕「パンダはウチの下僕。そういう運命なんだよ」
〔餌〕「止めてくださいお願いします」
と言いつつ冷蔵庫に余り物を見に行く餌は、確かに加奈の下僕である。
〔餌〕「牛筋煮込みうどんで良いですか」
〔加〕「さすがは俺の嫁マジで気が利くわ」
〔餌〕「はっ、何か不穏な単語が聞こえたような(; ・`д・´)」
餌がぞくりと背筋を震わせていると、加奈がいやーっゴー様見ないでえっと素っ頓狂な声を上げた。
〔餌〕「リアクション芸人でもここまでしません」
砂に頭から突っ込んだ加奈が、『何だかとってもたのシーサー』と言いながら砂だらけの顔をカメラに向けてにかっと笑っているのが、別アングルで三回も抜かれている。
〔餌〕「あれ、三カメも入ってる。もしかしてこの撮影スタッフ結構いましたか」
〔加〕「うん。映像会社の人に撮影は外注したって言ってた」
〔餌〕「儲かってんなー」
シャモのくせにうまい事やりやがってとぶつくさ言いながら、餌はレンジで牛筋煮込みを解凍しつつうどんを冷蔵庫から取り出した。
〔餌〕「早い、美味い、安く見えて高くつくっ」
ワッペンを縫い付け終えてミシンを片付けた加奈の前に、餌がどんと音を立てて牛筋煮込みうどんのどんぶりを置いた。
〔加〕「ちょっとパンダ、うどんの中にお前の小きたねえ親指が入ってるってば」
〔餌〕「しゃぶれよ」
加奈が餌に手伝わせたBL同人誌のセリフを真似して、親指を突き出しながら低い声を出すと、加奈が火が付いたように爆笑した。
〔加〕「しゃ・ぶ・れ・よwww。誰に向かって口利いとんじゃごるあ」
〔餌〕「まあまあサーセン。とっとと食ってとっとと帰ってくださいよ。うちの母親遅番とか言いながら、フェイントで早く帰ってくることあるから」
〔加〕「まじか。おばさんに余計な勘ぐりされるのは避けたい」
〔餌〕「でしょ。僕だって、加奈先輩を家に連れ込んで乳繰り合ってると思われたら一生の不覚ですよ。お百度参り事件の時だって、加奈先輩と僕が付き合ってる説が流れて最悪だったんですから」
〔加〕「マジか。全然知らんかったわ。そりゃサーセン」
うっめえ五臓六腑にしみわたるうっ、ぷへあーなどと言いながら親指エキスが入った牛筋煮込みうどんをかき込む加奈を呆れたように見ながら、餌はうどんに箸をつけた。
〔加〕「うおー食った食った。余は満足じゃ。めくりもワッペンも出来たし。それでは下僕の献身的な働きに報いようぞ。日曜朝八時鵠沼海岸、厳選した女子衆を連れて行くぞよ」
〔餌〕「類は友を呼ぶの法則からして全く期待してませんが、取り合えずお待ちしております。あ、そうだこれあげますよ。この間の『ブツ』の通販サイトがサービスでつけてくれた奴なんだけど、僕の口には合わないんで」
怪しげなエナジードリンクを、餌は加奈に差し出した。
〔加〕「こ・れ・はww。学校に持って行ってネタにするわ」
〔餌〕「僕から入手したのは絶対内緒ですよ」
〔加〕「オッケー。ウチとパンダの仲じゃん。変態道を極める同志。裏切りはせぬ」
では日曜を楽しみにしろよと尊大に言い放ち、加奈は大荷物を持って自宅へと戻っていった。
※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。
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