感染者数が「0人にならない」から、「0人を目指さない」のは間違いでは?

「パンデミックウイルス」がこれだけ拡散してしまった日本では、台湾の様に「感染者数を0人」の期間を作ることは無理でしょう。しかし、基本はいつでも「0人を目指す」目標が必要なのではないでしょうか?

例えば、甲子園の強豪校で「現実的なベスト8」が目標の高校と「優勝」が目標の高校では、「がんばり方」が違うと考えます。もっと言えば地区予選で「一回戦で負ける確率が高い高校」でも目標を「甲子園優勝」にして「がんばる」ことは悪いことなのでしょうか?

与党の議員さんや与党支持の方は「感染者数を0人には出来ないのですから・・・」と言います。実はこのメッセージが危険と考えます。

一般の方の中には「政府や与党の人達はある程度の感染者数を容認しているような口調だ」、「0人を目指していないのだから、私1人くらい飲みに行っても良いだろう」、「経済を俺たちが回してやるから、路上で飲み会をしよう」という風にとらえることもあるのです。

「感染者を0人にするように目指しましょう」と言えば、「人と人との接触を可能な限り制限すること」しか出来ません。「飲み会」などはもちろん出来ませんし、不要不急の外出を可能な限り制限しなければなりません。「言い訳」は出来なくなります。それでも「飲み会」は0にはなりません。しかし、日本国中で「感染者数を0人にしよう」と言わなければ、「飲み会」などの感染しやすい場面は減少しないでしょう。

また、「0人を目指さない」ならワクチンも少数だけ接種すれば良いのですか?

政府のように「感染拡大抑制」すると言いながら、「GoToトラベルをいつまでも継続」した経緯を国民は見透かしているのです。

大阪府が医療崩壊しているのに、政府が主導権をとり「緊急事態宣言」発出を提案したり、他県からの医師派遣などの仕組みを作らないのですから、「感染拡大を本気で抑制するつもり」があるのかさえ疑問です。

「変異株」を考慮しないで「緊急事態宣言解除」したことにも、政府が「パンデミックウイルス」を甘く見ている証拠が出ていると思います。

大阪府では、「自宅療養でお亡くなりになられる方」などが多数出る可能性のある状況になってきているにもかかわらず、政府は動かないのですから「今の政府ではダメなのですね」とため息をつくしかありません。

日本国民の皆様、ご愁傷様でございます。

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