次はお前の番だ

「次はお前の番だ」

そうどこかで聞こえた気がした。

近年のSNSの普及により、次から次へと誰かが的にされ、矢が放たれ続けている。その矢は的の周囲から攻め込まれ、徐々に心臓に近づいていく。生身の人間が無数の矢に勝てるか。そんな殺人ゲームが日常茶飯事に行われている。犯人は無数にいるけど、確信犯はいない。主犯が誰か、だれが心臓を突き刺したのか、そんなこと誰も気にしない。「運が悪かった」そういって片づけられる。なかったことにされる。それが正義で、それが正解だとでもいうように。



時は2025年、世界は過去に類を見ないくらいのスピードで発展が進んでいる。特にITの発展はめざましい。それに伴いSNSの誹謗中傷はもはや殺人行為に等しいものとなっている。誹謗中傷による鬱などの精神疾患を発症する人や自殺する人は後を絶たない。若者の自殺者数は5年間で倍以上に増えている。私の大好きだったアイドルグループも、国民的人気女優も自ら命を絶った。


この日は今まで生きてきた中で一番の快晴だった。彼のように、透き通るほどの透明感で、雲一つない青空だった。

「今日は仕事が早く終わるから夜は外で食べよう。」

「うん!」

月曜日の憂鬱な朝がその言葉で素敵な朝になった。私の彼は人気男性グループのリーダーをしている。結婚していることも一緒に住んでいることも私と彼の専属マネージャーしか知らない。一緒に散歩したことも、一緒にどこかに出かけたこともない。それでもよかった彼と一緒にいれさえすれば。彼から連絡があったのは彼を送ってから30分ほどたった時だった。

「バレた。」

そんな一言だった。理解するのに時間がかかった。何が起きているのかまったくもって分からなかった。しかし、理解してからの行動は早かった。彼に何度も、何十回も電話をかけた。マネージャーさんにも何度も何度も電話をかけた。彼は出なかった。一度も。

スマホを握りしめて彼の返事を待つ時間は果てしなく長い時間に思えた。何度も何度も画面を確認してまた閉じて、時計の針に私の心が吊り下がったように動かなかった。彼からの返信が来たのは夕方だった。彼が帰ってくるはずだった午後6時。

「ごめん、今日帰れなくなった。」

たった一言。それが彼との最後の会話だった。そのあとは正直何も覚えていない。気が付いたら寝てて、気が付いたら朝になっていた。昨日までと何も変わらない、でも確かに何かが違うそんな1日がまたスタートした。いつものように何気なく、テレビをつけた。立ち崩れた。

【人気男性グループリーダー熱愛発覚!?】

【お泊りか!?すでに同棲している疑惑も】

どのチャンネルを見てもそんなものばかりだった。昨日から見ていなかったSNSのトレンドも彼のことで埋め尽くされていた。根も葉もないうわさ話や紛れもない事実が入り乱れて、インターネットの中は無法地帯だった。匿名の誰かから悪意を持って投げられた言葉はナイフを持って私を突き刺した。動けなくなった。書いているのは誰なんだろう。私のこと知ってる人かもしれない。全く知らない人かもしれない。誰を信じればいいんだろう。わからない。怖い。怖い。


随分と長い時間がたったような気がする。どれくらいの時間がたったんだろう。スマホを見ないと時間すらも分からない。時計を見るために首を動かす気力すらない。彼は今どこで何をしているのだろう。一人で不安だろう。彼に会いたい。声を聴きたい。電話に出て、帰ってきて、彼に触れたい。抱きしめたい。


その後何十回も電話をかけた、メッセージを送った。でも彼からの連絡が帰ってくることはなかった。止まることのない誹謗中傷、やむことのない根拠のないうわさや憶測。あんなに輝いていた世界が一瞬にして崩れ去った。


彼の顔を見ることができたのはそれから1週間後のことだった。

【本日16時より〇〇の緊急謝罪会見】

その文字を見たときに震えが止まらなかった。彼は何を謝らなければいけないのだろう。何も悪いことをしていない彼がどうして世間に向けて謝罪しないといけないのだろう。意味が分からなかった。同時に憤りを感じた。何に対してだろうか。彼に対しての憤りなのか、それとも世間に対してなのか、会見を開くことを決めた事務所になのか、訳も分からない感情で心はボロボロだった。彼が画面で発する言葉を呆然と眺めることしかできなかった。



近年のSNSの普及により、だれもが手軽に、匿名で、どんなことでも投稿できるようになった。遠くの人とつながれたり、有名人や芸能人を近くで感じられたり、利点は大いにあるだろう。しかしその裏側では、行き過ぎた誹謗中傷、晒し行為、作られた情報の拡散などといった非人道的行為も後を絶たない。何が良くて何が悪いのかといった明確なルールがないからこそ、ネットリテラシーやマナーが問われる。その言葉をその情報を本当に投稿していいのかもう一度考えるべきではないか。どうかこれ以上、SNSの誹謗中傷により心を痛める人が出ないことを切に願う。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?