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デジタル書架ギャラリー ~図書館のブラウジング体験をオンラインに【Moebius Open Library Report Vol.8】

東京学芸大学の図書館は、コロナで臨時休館になったことを受けて、図書館のさまざまな機能をオンラインで提供することを考えました。「オンライン朝読書ルーム」については、このレポートでも何度か取り上げました。今回は書架をオンラインにのせる試みです。現在、「学芸大デジタル書架ギャラリー」というウェブサイトで、2万冊近くの教育分野の本が収められた本棚の画像を提供しています。Explaygroundの「図書館と知の未来」を考えるMöbius Open Library(メビウス・オープン・ライブラリー:略称MOL)の活動の成果です。

臨時休館中の大学図書館にて

東京学芸大学の図書館は、緊急事態宣言が解除された後、5月20日から郵送による貸出、6月2日からは事前予約者のみ来館を可とするという形で貸出サービスを再開しました。貸出の再開を喜んでくれる学生・教員の方がいた一方で、当初予想したよりも貸出件数は伸びませんでした。この原因の一つとして、OPAC検索だけでは欲しい本を特定することが難しいのではないかという仮説のもと、ウェブサイト上で書架を眺めて本を探せるようにしたのが「デジタル書架ギャラリー」というアイデアです。
書架を眺めて本を探すことをブラウジングといいます。蔵書検索は便利だけど、書架の間をぶらぶらしながら本を探す、ブラウジング体験にも図書館の良さがあります。コロナで図書館に来てもらえないからこそ、そんな思いが高まっていました。ちょうど、NHKのラジオ番組で、武田砂鉄さんが「インタビュー映像の背景に写りこむ本棚を眺めてどんな本を読んでいるかを見るのが好きだ」と言っているのを聞いて、これだ!とひらめきました。MOLの初回イベントでも、本棚のデジタル化が話題になったことを思い出したのです。

思いついたら、すぐに動いてみるのが、Explaygroundです。「オンラインで背表紙を眺められるようにしたい!」という私(ななたん)の提案にケンケンから360度カメラで撮影したいくつかの動画が紹介され、まずは360度カメラで撮影してみようということになりました。6月12日と17日にフジムーが来館し、三脚を立てて定点で撮ったり、ブックトラックに載せて動かしながら撮ったり、いろいろ試しました。でも、360度カメラだと端に行くほど歪みが出るし、どうしても画像が粗い。背表紙が読めるレベルにするには、結局のところ、普通の静止画が一番だということになりました。

画像1

画像2

この日はついでに館内あちこち撮影して回り、それらをフジムーがGoogle Mapのストリートビューに登録しました。地図を「東京学芸大学附属図書館」で検索してストリートビューでご覧いただくことができます。思わぬ副産物でしたが、大学のキャンパスに来たことのない新入生にも図書館の雰囲気を味わってもらえるといいなと思っています。

デジタル書架ギャラリーの公開

図書館の来館が制限されている中では、ともかく早くリリースすることが重要だと考え、教員養成大学の学芸大生に最もよく使われている370番台の書架19連(約6400冊)だけを最初に公開することにしました。静止画像の撮影をしてくれたのは、新入社員のヨコです。iPhoneで書架を撮影し、本棚風に配置したウェブページを作成してくれました。パソコンとスマホのどちらにも対応できるように、書架4連を1ページにまとめています。

学芸大デジタル書架ギャラリー:書架1

一方、フジムーのほうは、3次元での表現を模索していました。360度カメラのデータをVRにしてみると、そこは不思議な世界。大きな本の森の中にいる小人のような気分です。もう少しリアルな感覚で背表紙を眺めるため、Unityというゲーム開発プラットフォームを利用して3D作品を制作してくれました。画像の圧縮方法や表示方法を工夫してロード時間を短縮しつつ、背表紙が読める解像度を保ち、マウスの操作により書架画像を様々な角度から見ることができます。片側8連の書架が向かいあった書架の間には、空中に表示される現実には無いナビゲーションも加えられ、細部にフジムーのこだわりが見られます。「遊び」ながら、在宅でも図書館にいるかのような体験してもらえる「3D書架」に仕上がりました。

学芸大3D書架

このようにして、最初から網羅性や完璧さを目指さないラボ活動だからこそのスピード感で、着想から約3週間、2020年6月25日に公開することができました。「学芸大デジタル書架ギャラリー」のトップページにアクセスしてみてください。画像は順次追加をしており、2020年9月1日現在、書架56連(約19,600冊)を公開しています。

学芸大デジタル書架ギャラリー
http://library.u-gakugei.ac.jp/mol/shoka/index.html

背表紙画像データをオープンデータに

書架の画像データはクリエイティブ・コモンズ・ライセンス表示(CCBY)で提供しています。「東京学芸大学附属図書館」というクレジットさえ書いていただければ、学術・商用などの目的を問わず、背表紙の画像を自由に再利用していただけます。
これは、制作期間中に、Code4Lib Japanというシステムライブラリアン達のオンラインイベントが開催されたことがきっかけとなりました。デジタル書架ギャラリーのアイデアを紹介してみると、関心を持ってくれる図書館員が多く、「できたらいいなと思っていたことを実際に進めているとは驚き」とか「いろんな図書館の書架がみえたら楽しそう」とか「テック的に遊べそうなデータ」といった好意的な反応をいただきました。このイベントに参加したことで、画像データのオープンデータ化することの重要性を再認識することになりました。
さらに、画像の一括ダウンロードも可能にしたいと考えました。ここからはメタデータライブラリアンのななたんの得意分野です。最近の大学図書館では研究データの管理・公開のサポートが課題になっています。新人のヨコに、研究データの練習問題として、今回の画像データのメタデータを検討してもらい、データのファイル名、リストで提供すべき情報の整理をして提供することにしました。ヨコとななたんとで、ああでもない、こうでもないと議論してメタデータも完成。224枚の画像に約19,600冊の背表紙が収録されており、メタデータのリストとともにダウンロードできます。

ダウンロードはこちらから(440MB)
http://library.u-gakugei.ac.jp/mol/shoka/TGUlibrary_shoka_20200824.zip

私たちが提供するオープンデータを利用してもらい、研究者でも企業でも誰でも自由に研究・開発することができれば、新しいサービスの可能性が広がることを期待しています。

デジタル書架ギャラリーの意義

この取組みは学長室だよりでも「本の背表紙をみるということ」というエッセイで紹介されました。トップページには公開後1か月で約1,900件、2か月で2,500件のアクセスがあり、3D書架にも公開1か月で約250件、2か月で約350件のアクセスがありました。滑り出しとしてはまずまずの利用がなされているようです。ただ、OPAC検索を補完するサービスになっているのかは、まだ検証が必要な段階です。

今回の取組みでは、館内に入館できなくても、思わぬ本との出会いがあり、知的な刺激をうけることのできる図書館でのブラウジング体験をオンラインで提供することを試みました。本がある学習空間、すなわち、「場所」としての図書館が果たす機能をオンラインで提供しようとしたことに、デジタル書架ギャラリーの意義があると考えています。オンライン朝読書ルームが閲覧室のような空間のオンライン化であるとするならば、デジタル書架ギャラリーは書架の間の空間のオンライン化です。
ここから先はアイデア次第。3D書架から本を取り出すことができるといいなとか、分類記号を手掛かりに他の図書館や書店の本も見られたらいいなとか、書架画像はその時々のスナップショットなので、同じ場所を別の時期に撮影すれば利用動向を可視化できるかもしれないとか、妄想は広がります。背表紙の画像認識についても様々な技術開発が進んでいるようですので、何かおもしろいことができるとよいと考えています。今後もExplaygroundの「遊び」の要素を入れながら、ウィズコロナの「図書館」を考えていきたいと思っています。(文責:ななたん)

【これまでのMOL Report】
No.1 Explaygroundと図書館の出会い
No.2 PechaKucha from 3 Booksに至る道のり
No.3 PechaKucha from 3 Booksという「遊び」
No.4 「朝読書ルーム」オンラインに図書館的な読書空間を作る試み
No.5 「朝読書ルーム」ふたたび
No.6 知の創出・発信を試行錯誤する
No.7 MOLの活動はコロナによってどう変化したのか

【Explayground URL】 https://explayground.com/

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