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「水害に強い」立地を考える(後編)

前回の記事では、日本の河川の特徴や、治水・利水の歴史について触れました。

今回は、それらの話を踏まえて、かつて、今ほど洪水防御が充実していなかった時代に、人々は水害対策としてどのような土地に居住していたのか…について考えてみます。

というわけで、今回のテーマは

日本の集落の立地

です。

古代から、「村」は「農業」…特に日本の場合は「稲作」を中心に社会が形成されてきました。
その影響で、古代の典型的な集落形態は「集村」

と呼ばれるものになります。
つまり、集村は、家屋が密集した村落のことです。

※本当はもっと細かい分類があるのですが、それは「教養として学び直す地理」に今後追加するマガジンにて体系的に解説する予定です。

このような集落ができる理由は、

農業は共同作業が多い
水が得やすい低地は、水害に対する安全地帯が少ない
外敵防御に有利

などが挙げられます。

そして、日本の場合には少々面白い特徴が見られます。
この地形図をちょっとご覧ください。

この地形図は、北陸のある地域、川沿いの地域の地形図です。

よく観察すると、現在流れている川の流路ではない所に、一筋のルートがあることがわかります。

このルートは、以前に川が流れていたルート(旧河道)といいます。
昔は水が流れていた場所なので、周辺より若干低くなっており、河川が氾濫した時には真っ先に浸水する(水害に弱い)場所になります。

一方で、旧河道の周辺には、細長く建物が連なっていることがわかるでしょうか。
ここは一体何なのかというと、

場所は異なります(上の地図は新潟県、写真は埼玉県某所)が、見た目はこのようになっています。
小高い場所になっているんですね。これは「自然堤防」といいます。

昔は、現在と違い、河川は頻繁に氾濫していました。
河道から水が溢れ出す瞬間、河道と周りの土地の境目を乗り越えるので、一瞬水の流れの速さ(流速)が落ちます。

流速が落ちた瞬間、水が運んでいた土砂の一部がその場に取り残されます(押し流す力が低下するため)。
そのようにして土砂が積もった、自然にできた高まりのことを「自然堤防」といいます。

伊豆にある「ジオリア」というところに展示してある水理模型の動画です。ご参考までに…。
ちなみに、実際の自然堤防の高さは、2m程度です。
このように、「少し高い」場所のことを、地理では「微高地」といいます。

自然堤防・砂丘・扇状地など微高地ができる原因は実は様々です。

ちなみに、一般的に、山に近接する微高地は扇状地

です。
しかし、写真を見て何となくわかるかと思いますが、扇状地は谷の出口にあたり、水害時には谷の出口から土石流が流れ出してくる危険があります。
そのため、微高地とはいえあまり水害に強いとは言えない場所です。

ところでこの自然堤防、高さが2m程度というのが難しいところです。
というのも、今回のテーマとして「水害に強い地形を見分ける」というコンセプトがあるのですが、地形を見る上で最もわかりやすいのが、「地形図を見ること」です。

国土地理院は、国土全ての地域を網羅している地形図として縮尺25000分の1の地形図を発行しています。
ところが、この縮尺の地形図ですと標高を表現する線(等高線)の最小単位が2.5mごとなのです。
そうなると、自然堤防の段差は等高線としては表現されないケースが出てきます(等高線も補助曲線=破線なので、あまり見やすいとも言えない…)。
もっと細かい表現をしている10000分の1の地形図もあるのですが、これは一部地域しか発行されていません。

というわけで、もう少し違う視点から自然堤防がどこにあるのかを見分けてみます。

まず、建物の様子を観察すると、

自然堤防に沿って細長く並んでいる

という事はすぐに見て取れます。
ただ、細長く並んでいるというだけで自然堤防とは限りません。
なぜなら、集落の形成では「道路」沿いに作られた結果細長くなるケースもあるからです。

というわけで、自然堤防かどうかを見分けるポイントをいくつか挙げてみます。この中の複数が当てはまれば、自然堤防の可能性大です。

①河道(旧河道含む)と平行に集落がある
②神社や寺など、宗教施設がある
③家屋が整然とは並んでいない
④道路が入り組み、まっすぐではない
⑤雑木林がある

など。
②についてですが、神社や寺などは、昔から万一の際の避難所の役割を兼ねていましたので、微高地に作られることが多いです。
一方、最近できた住宅地に神社や寺が同時に作られるケースは少ないので、その集落が新しいか、古いかを見分ける一つの参考になります。

③、④ですが、古い集落の道路、何となく「まっすぐ」ではないことが多い気がしませんか?
これには主に2つの理由があります。

・家が先にできて、後から道路が作られている
・まっすぐより、等高線沿いを優先した

です。
等高線沿いを…というのはどういうことかというと、昔の移動手段は徒歩、陸運手段は大八車

なが主でした、つまり人力や畜力です。
この場合は、距離が延びるよりアップダウンがあった方が使い勝手が悪いのです。
なので、できるだけアップダウンが頻繁にならないよう、等高線に沿う形に工夫して道路を作っています。
結果として直線道路が少なくなるのです。
ちなみに、新幹線の軌道も大きなアップダウンを嫌うので、山地に近いところは同じようなコンセプトで作られています。

逆に現代は、モータリゼーション(車社会化)が進んでいるので、自動車の通行を基準に道路を設計しています。
そうなると、見通しが良いまっすぐで広い道路が増えます。アップダウンについては、アクセルやブレーキを踏めば良いのですからあまり気にならないという事ですね。

また、⑤の雑木林ですが、微高地は水はけが良い場所のため樹林が作られやすい傾向があります。
また、傾斜している場所は土が流れ出さないように木を植えてあるケースもあります。

ただ、最近は新規開発や区画整理などで、これらの条件が地形図上で判読できない場合があります。
そのため、これらの特徴を把握するためにはやや古い地形図を見る必要があるのです。

やや古い地形図を見て、自宅の立地がどのような場所なのかを改めて確認してみても良いのかな?と思います。

ちなみに、地形図はこちら(国土地理院 地図・空中写真閲覧サービス)から閲覧することができます。


また、同じように水害に強い場所としては「河岸段丘上」が挙げられます。
河川は、その水の流れで川底をどんどん下に向かって掘り下げていきます(「下刻」といいます)。
その後、地形の隆起→下刻を繰り返すと、河川の両側に階段状の地形ができます。

『新詳地図資料』(帝国書店)より引用

断面図は

こんな感じです。

空中写真

ですと、段の境目(崖)は雑木林になっています。

このような地形の場合、一番川に近い場所は氾濫の際に水害を受ける危険性があります。

集落をつくることを考えた場合、断面図で言えばfpやcfの部分は水害を受けやすく、ftより上が比較的安全、ということになります。

河岸段丘の地形図は比較的わかりやすく、等高線が詰まって描かれている場所

が崖になっているところです。
ちなみに、一番川に近い段(fpやcf)は水田、上に上がると川から水を引けないため、畑になっています。

つまり、

・段丘の2段目以上か
・土地利用が畑か

というのも安全性を考える指標になりそうですね。

このような段丘、台地の例として、東京の場合は武蔵野台地があります。
武蔵野台地は、東京都西部から23区にかけて広がっています。
最初は多摩川の扇状地でしたが、その後関東ロームの堆積などから大きな台地が形成され、その後河川の侵食で段丘が作られました。

わかりやすい段丘面としては上野恩賜公園の近く

などが挙げられます。(写真の奥は一段高くなっています)

これらの地形は地名にも表れています。
例えば、「台」とついている場所は台地上、段丘上ですし、「谷」とついている場所は谷底ですので水害には弱いことが推測できます。

東京でいえば、「渋谷」「市ヶ谷」などは谷底ですし、「本郷台」などは段丘上にあたります。

実際、江戸の都市計画を見ると、重要施設はできるだけ微高地、段丘上に配置しています。
江戸(東京)はこれらの場所を起点にして発展したと言えますし、現在の東京の街並みにもその名残は見受けられます。

そう考えれば、やはり微高地や段丘上は水害に強いため、村・都市問わず、集落の立地に置いて極めて重要な役割を果たしていると考えられます。
利水の事を考えれば、あまり水域から離れることもできませんので、この「少しだけ高い」というのが安全性と利便性のバランスがちょうど良いと言えます。


なお、最近は、区画整理と同時に本来の意味を考慮せずに新しい地名を付けるケースもありますので、「以前の地名が何だったのか」を調べることも大切です。

典型的な例としては、平成26年8月豪雨で、広島県安佐南区八木で大規模な土砂崩れが発生し、大きな被害が出たケース

です。

この場所は、かつて水害が多かったことから古くは「蛇落地悪谷」(じゃらくじあしだに)と呼ばれていました。
しかし、開発に伴い改称したため、水害に関する伝承が新しい住民に十分に伝わらなかったとされています。
ちなみに、古い地名の「蛇」や「谷」は、水害に関係するケースが多く、注意が必要です。


このように、古い地形図や地名などを通して、自分が住んでいる場所の履歴を知ることも、水害対策の一つとして役立つのではないでしょうか。

今回記事にしたことはごく一部で、まだまだ見るべきところはあるのですが…まずはご参考までに、ということで。
お役に立てば幸いです。


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