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海外と日本のM&A事情の違い(GoogleのYouTube買収の振り返り)


 動画投稿サイトのYouTube、知らない人はいないでしょう。そしてYouTubeがGoogleのサービスの一つであることもご存じの方が多いと思います。
 2006年、スタートアップ企業の一つに過ぎないYouTubeをGoogleは日本円にして2,000億円で買収しました。この記事では、GoogleのYouTube買収を振り返るとともに、海外と日本のM&A事情の違い、それに伴うビジネスと会計の違いについて解説します。
 ビジネスと会計とIFRSの話も併せてご覧いただくとより理解が深まると思います。よろしくお願いいたします。

GoogleのYouTube買収

 まず、GoogleのYouTube買収を振り返ります。2006年10月にGoogleはスタートアップ企業の一つに過ぎないYouTubeを16億5,000ドル(当時の日本円で2,000億円ほど)で買収しました。20年近く経ちますが、M&Aの歴史を語る際には必ず登場する案件です。
 その後のGoogleとYouTubeの成長を見れば、結果的には大成功と言えるでしょう。しかし、当時は「クレイジー」とか「Google凋落の始まり」とか言われており、投資額の回収は絶対に無理と思われていました。

当時のYouTube

 当時のYouTubeですが、設立1年半ほどの新しい企業でした。先行投資の過程にあり、ほとんど収益をあげられていない状況が続いていました。また、映画制作会社やテレビ番組制作会社には「最低最悪の企業」と呼ばれていました。このあたりは日本の「ニコニコch」と通じるものがあります。こちらも違法アップロードの温床と報道されていたものです。

当時のGoogle

 当時も今もそうですが、GoogleはM&Aに力を入れている企業です。多いときは週に1社の会社を買収していた、そのような企業です。M&Aの成功も多数ありますが、その分多くの失敗もしています。
 買収時のGoogleでのYouTubeの査定価格は6億ドルほどでした。買収額が16億5,000万ドルのため、10億ドル以上高額で買収していることになります。これについて、GoogleがYouTubeを買収しない場合、YouTubeはMicrosoftやYahooに買収されるだろう、その時の損失の方が計り知れない、そのような戦略的な意思決定が行われたとされています。

海外と日本のM&A事情の違い

 GoogleのYouTube買収の件は上記のとおりです。日本では考えられないような意思決定ではないでしょうか。M&Aに限らず、海外と日本の違いについて、「日本人は保守的で安全志向だから」で片づけられることが多いですが、もう少し踏み込んで考えてみたいと思います。
 一般的な海外企業と日本企業のM&Aプロセスについて解説します。

日本は先進国の中でも比較的公的な社会保障制度が充実している国です。それにもかかわらず、生命保険の契約をしている人が非常に多いです。これは日本人が安全志向だからという理由だけではありません。

日本人と保険契約の歴史

海外企業のM&Aプロセス

 Googleに限らず、海外企業はM&Aを特別な取引として身構えない、あくまで通常の取引の一部とするフラットな感覚があります。M&Aについて特段の規定を設けていない企業も多いようです。例えば、金額50万円以上の取引については課長の許可が必要という規定があるとします。50万円未満のM&A案件であれば担当者レベルで行うことが可能です。担当者レベルで話が進むため、意思決定のスピードも早いです。

日本企業のM&Aプロセス

 日本企業では、担当者レベルでM&Aをすることはまず不可能ではないでしょうか。少なくとも不可能な企業が圧倒的に多いことは間違いありません。M&Aを特別な取引として考えているためです。まず、申請書を出して、課長の承認を得るところからスタートです。その後、部長の承認を得た上で役員会の議題にしてと、意思決定のスピードも遅いです。また、結果的に保守的な意思決定になることが多いです。
 M&Aはスピードが非常に大切な取引です。
判断が遅いと他の企業に買収されることもありますし、時間がかかりすぎるとビジネスのトレンドが変わり、企業価値が下落してしまうこともあるわけです。こうしたプロセスが海外企業と違うこと、これが日本企業がM&Aをしない(しようとして結果的にしないことを含む)要因です。

文化的な違い

 そもそもなぜ日本企業はM&Aを特別な取引として考えいるのでしょうか。これは、M&Aに対する印象が良くない、悪いイメージを未だに払拭できていないことが根本にあります。
 海外とは文化的な違いもあります。終身雇用制の名残りや企業に愛着を持つこと、小さい企業をこつこつと大きくしていく、そこに価値を見出す国民性もあるでしょう。株式の相互持ち合いなど、緩い連携を繰り返し、それで成長してきた歴史もあります。海外では大学の講義で、古くて安い企業を買いたたくことが独立のスタートと教えることもあるようです。日本では叩かれてしまいそうな講義内容です。
 M&Aが日本企業で流行らない要因を説明しましたが、悪い面だけではありません。プロセス的に慎重な判断が行われるため、M&Aの失敗事例を数にした場合、圧倒的に海外企業よりも少ないと考えられます。

ビジネスと会計の話

 最後に会計の解説をします。ビジネスと会計とIFRSの話の補足です。会計とはビジネスを数字に置き換えるためのツールであり、ビジネスが違えば、そのためのルール(会計基準)も異なります。
 
海外企業と日本企業のM&Aは、それぞれの会計基準でどのように取り扱われるのでしょうか。

GoogleとYouTubeの例

 Googleは査定価格6億ドルのYouTubeを、儲かることを前提に16億5,000万ドルで買収しました。そして、この差額がのれんとして貸借対照表に計上されます。海外のM&Aはそのような事例が多いです。会計基準(IFRS)もそのようなビジネスを前提に整備されています。儲かることを前提に買収しているため、その前提が崩れない限り、損益計算書で費用計上はしません(償却しない)。

日本企業の例

 日本企業がM&Aをしない理由を説明したところですが、日本企業がM&Aをする場合は一体どのようなケースでしょうか。そこから考える必要があります。
 最も多いのは救済型のM&Aと呼ばれるものです。後継者がいないためこのままではつぶれてしまう、そのような会社を買収するケースです。

買う側:会社の価値は8,000万円ですか、1億円で買収させていただきましょう。従業員の生活についてはご安心ください。
買われる側:ありがとうございます。よろしくお願いします。

 このようなイメージです。差額の2,000万円がのれんとして貸借対照表に計上されますが、基本的に意味のある金額ではないです。2,000万円以上儲かることを前提に支払われた金額ではないことが多いです。会計基準(日本基準)もそのようなビジネスを前提に整備されています。数年のうちに償却する必要があり、損益計算書で費用計上が必要となります。

総括

 海外と日本ではM&Aのアプローチに違いがあります。メリットもデメリットもありますが、ビジネスの実態が異なるわけです。ビジネスが異なるため、当然に会計基準も異なることになります。

IFRSと日本基準には埋められない差があります。のれんの会計処理です。
 90億円の企業を100億円で買収した際、この差額の10億円がのれんになるわけですが、IFRSはのれんを償却しないルールのため、価値が毀損しない限り10億円が計上され続けます。一方、日本基準はのれんを償却するルールのため、償却が完了すればゼロ円になります。

ビジネスと会計とIFRSの話

ご参考(前回のnoteオリジナル解説記事)

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