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《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」第77話

八月三日(土)

 新国立競技場の建設作業に携わっていた若い男性が過労で自殺していることをシマエナガさんは話してくれた。

「あれは、現場の問題ではありません。実際の現場の惨状は知りませんが、どう考えても計画の問題です。」と、シマエナガさんは言う。そして、それ以上は言わなかった。

「技術の結晶は、現場に現れます。
 私も現場で働きたいです。
 しかし、女性である以上、それはなかなか難しい。
 だから現場のことを思って計画したい。
 私の担当する計画で、こんなことは起こさない。
 道路に関してもそれが県道か市道か、地上を走らすのか地下を通すのか、どちらとなるか分かりませんが、誰かと協力したり誰かに交渉したりするというのは、それだけ計画が破綻するリスクも増します。」

 あれだけ穏やかに気配りしてくれるシマエナガさんが、淡々と喋っている。

「トキさん、この新ターミナル駅の構想は、これまでトラ急線内部で長年計画されてきたことで、塩害が契機となって動き出しました。協力してくれる鉄道各社との計画が更に整えば、土地を購入させていただく金額をお伝えします。」と言われた。

「わかりました。」と、伝えると、

「その後、役所の方に相談に行こうと決めています。」と言われた。そして続けて

「すみません。こちらの都合で今、話をしてしまいました。」と謝られた。

「気にしないでください。」と、伝えると、

「すみません。話を聞いてくださってありがとうございます。
 今日は、温泉にゆっくり浸かります。
 温泉は心がときほぐれる気がします。」

 と、言われた。

 もっともっと、シマエナガさんと話したいが、シマエナガさんの気持ちはいっぱいいっぱいといった感じであった。


 私たちは、忘れてはならない。そう誓った。

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