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《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」第76話

八月三日(土)

 シマエナガさんと露天風呂に浸かっている。

 あれからシマエナガさんは、カピバラ市のことを知ろうと市内の様々な場所に赴き、ゾウ山にも登ったらしい。その下山の際に、温泉に入りたい。と思ったらしく、いつかトキさんの温泉に入ろうと決めたんだ。だから今日は嬉しい。と、言っていた。

 ジンベエザメの案について、お話しした。うまく伝えられたか分からない。そうしたら思わぬ返答があった。

「私たちもそれを良い案として考えていました。
 けれど、それに伴い用地の交渉をお宅一軒一軒にしないといけません。
 まだ住みたい方、高く手放したい方、忙しくてそれどころではない方、その程度だったら良いですが、みなさんやむにやまれぬ事情を抱えています。そこを解きほぐしてから交渉をしないといけません。なぜなら、工事が始まったというのに、家を立ち退いてもらえず、途中まで工事したのにそこで何年もストップしてしまうという事態が起きてしまうからです。
 そういったことで計画が狂うと、いざその問題が解消した時に、圧縮された工期の中で、当初想定されていなかった危険な作業や重労働や過労を現場の方に強いる結果となってしまいます。
 なので、40mも下を掘るんです。」

 そう言って、40mより深い地下は、地上のお家や土地の所有者に了解を得なくても工事ができるということを教えてくれた。「大深度地下の公共的使用に関する特別措置法」というらしい。

「トキさんは、サッカーがお好きなんですね。新国立競技場の建設時のことを覚えていますか。」

 シマエナガさんは、なにやら神妙な顔つきになっていた。

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