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連載小説「戊辰鳥 後を濁さず」

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土木業界を離れることとなったため、今までの仕事の経験をもとに初めて小説を書きました。 全85話で完結。約55000字となりました。街から文学が生まれるのではなく、街づくり文学を目…
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2024年6月の記事一覧

《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」第41話

四月二十五日(木)  風のとても強い日だった。そのせいなのかカーブミラーが路上に倒れていた。 「止めてくれ。」と助手席のジンベエザメは言う。  カーブミラーの前で軽トラを停車させると、ジンベエザメはすぐさま降りて路肩にカーブミラーを寄せていた。  ここは、母屋の前の道を緩く下った先の道路で、今は早速、この一ヶ月半手付かずになっていた耕作地の草刈りを手伝ってもらった帰りだ。草は思ったよりも生えておらず、早めの撤収となった。  対向車線にはみ出して通り過ぎてもよかったが、ジ

《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」第42話

四月二十六日(金)  メンテナンスと言えばカッコいいが、やってることは単なる風呂掃除だ。  浴槽はその都度、清掃と乾燥をしているが、この広い洗い場を本格的に掃除するのは初めてだった。  普段見えない流し台の裏や、玉石の隙間や、思わぬところに白い水垢ができている。  朝顔はまだ芽を出していない。  どうやらダメで、蒔く時期を間違えたようだ。もう一度蒔き直そう。まだ間に合うはずだ。  そういえば、今年はどうしたわけかヒツジ川の土手の芝桜も咲かなかったらしい。  芝桜を植え

《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」第43話

四月二十七日(土)  暖簾をくぐって内壁をかわしてジンベイザメが入ってくる。  と、思ったらモグラだった。 「トキ、お願いがあるんだ。ジンベイザメらが長期連休で出ていって、他のお客を泊めるとき、部屋にこのパンフレットを置いてくれないか。」 ――ゾウ山登山ムービー撮影致します。(ガイド付!)―― 「今度は、日本人をターゲットにすることにしたから、外国人の時は置くのはよしてくれ。やっぱり、何日も一緒にいるとダメだな。良かれと思ってやったことが文化の壁ってやつだ。それからギ

《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」第44話

四月二十八日(日)  お前は何もしていない。  お前がフラフラ何もしていない間、みんな自分のなすべきことをなしているんだ。  一生懸命なぁ!  この人は、カピバラ市の農業のことを思い、このまま田んぼができなくなったらまずいと、休日なのに、自分で調べてここまで来てくれたんだ。  条例だか包茎だかしらねぇがそれはお役所さんが決めたことだ。  それなのに何もしていないお前は、この人のなすべきこととはちがうお役所の話ってやつで、この人を否定しようとしてるんだ。  筋がちげぇし

《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」第45話

四月二十九日(祝)  条例 法律 行政法 検索  今は便利な時代で、私はまだ「条例 ほうr」までしか打っていない。  サジェストのまま検索すれば、トップにサマリーも出るし、その根拠となるエビデンスも出るし、法律、条例、規則、施行令、違いはよくわからないがたくさんの決め事が出てくる。こんなに決め事がある世界に生きていたとは知らなかった。  とあるpdfデータを開く。  読み解くと「条例が法律の目的と効果をなんら阻害することがないのかどうか」が肝心らしい。  私にはそん

《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」第46話

四月三十日(火) 「社会通念上どうですか。という話です。  それに、水質汚濁防止法施行令の一部を改正する政令の施行についてでは  なお、本通知は、地方自治法第 245 条の4第1項 の規定に基づく技術的な助言であることを申し添える。  と、いう一文が書いてあるとおり、これは助言であり、それぞれの普通地方公共団体において、その地方の実情に応じて、別段の規制を施すことを容認すると読み取れます。  そもそもラクダさん。あなたが初期対応を誤らなければ、こんな一大塩害は起こらなかった

《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」第47話

五月一日(水) 「大敗だった。」と、言って悔しそうにしている。  今朝までジンベエザメらが宿泊していた四部屋全てを掃除するので、昼からモグラを呼んだが途中で飽きたのか、別室でテレビをつけて遊んでいる。  どうやら衆議院議員補欠選挙をテーマとして扱ったワイドショーを見ているようだ。 「モグラには関係ないだろう。今は掃除をやってくれ。もっと面白い番組を見よう。」  と、言ってリモコンを取り上げたがチャンネルを一周して結局戻ってきてしまった。もっとこういう時に当てはまるマシな

《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」第48話

五月二日(木) 「今日は、ここイグアナ福祉館にお集まりいただきありがとうございます。  この問題について、まずは私なりの解法をみなさまに提案いたします。  それは、このイグアナ地区に大規模排水処理施設を建設し、耕作のできなくなったこの土地一帯を調整地とするものです。施設で適正に処理された水は、ヒツジ川に放流いたします。  驚かれているでしょう。残念ですがこれが私の精一杯の提案です。  しかしこれでは今後、処理水が流れる地域で生活していただく方々がでることになります。  その

《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」第49話

五月三日(祝)  日が暮れかけた畑の真ん中を、モグラと歩いている。  二人でいつもと同じように気分転換に散歩をしていたが、モグラはもう歩くのも精一杯という感じだ。   ご飯を食べているか。  よく寝れているか。  薬を飲んでいるか。  通院はできているか。  それとなく聞く。  早く元気になってほしい。  今のモグラには医学的な処置が必要だと思う。  早く病気が軽くなってほしい。  モグラは立ち止まり、話しだす。 「病気がいけない。病気がいけないというけれど、そ

《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」第50話

五月四日(祝) 五月五日(祝) 五月六日(祝) 五月七日(火)  あんだけ肩書きのあった人間が、こんなよくわからない漢字の羅列一列にまとめられてしまうと思うと、空しい。  あいつはファンタジーの最後に、殺しもありのサスペンスといったが、あいつは自分を自分で殺した。  それが、ぬるま湯を止める、あいつなりの方法だった。  いつも奇妙奇天烈で奇想天外で、新しい発想をし、良かれと思ってすぐさま行動に移すが、詰めが甘い。  ようやくあいつが完璧にできたと言える出来事が、これっ

《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」第51話

第一部の振り返りと第二部のあらすじ 戊辰鳥 後を濁さず ―つちのえたつとり あとをにごさず― 第二部「煙柱」 四月十九日(金)  朱色の炭は初めて磨るが。おもしろい。おもしろい。  なんだか先生になった気分だ。   どれどれ濃さはこのぐらいで試し書きしてみるか。  いやまさかロッドの連結時に、ロッドが落ちていくとは思わなかった。  うん。このぐらいの濃さでいいだろう。  あれは俺が楽な現場だと思い、調子に乗ったのが悪い。 「朱 鷺 の 湯 っと。」  こんなことは起

《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」第52話

五月二日(木) 「しかし、他方から見れば公害の発生場所として、イグアナ地区は他の地区に迷惑をかけているという、厳しい言い方ではございますが、そのような実情もございます。  それを踏まえ、ここにみなさまの誠意を、まずはお見せしていただきたい。  お願いいたします。」 「この土地を守ってきたみなさま、本当に申し訳ない。」  無音だった。  冷たい視線。諦観。そういったものを感じる。 「お爺さんは立派な人だった。なのに、こいつは!」  そういう組の人からの憤りも感じる。

《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」第53話

五月八日(水)  モグラが泣いている。鋼材の窪みにお尻を挟んで体育座りして泣いている。  モグラは今日急遽、交通誘導員をやることになった。発注者が抜き打ちで検査に来たが、元請けが交通誘導員をしっかり手配してないもんだから、モグラがやる話になった。  現場監督のモグラがいないと、現場は緩む。  だからモグラの下請けの、俺とは違う会社の作業員が手を抜いて危ない作業をやり出した。  あまりに手を抜くもんだから、モグラが怒鳴った。  ただ、あいつは時と場所ってもんを選ぶのが苦手だ

《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」第54話

五月八日(水)  真夜中にインターフォンを押すのは誰かと鍵を開けたら、ジンベエザメが立っていた。 「トキさん。俺はどうすればいい。  俺は、モグラに啖呵を切った。  俺は、水質調査を怠った。毎日すればよかった。  毎日あんだけ偉そうにいろんな事をトキさんに喋っていた。  偉そうに。  なのに、自分の情けなさをモグラにあたってしまった。  切り捨ててしまった。  そして、俺は逃げた。  どうすることもできないと、トキさんの家から逃げた。  俺はどうすればいい。  これじゃモ