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《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」第43話

四月二十七日(土)

 暖簾のれんをくぐって内壁をかわしてジンベイザメが入ってくる。
 と、思ったらモグラだった。

「トキ、お願いがあるんだ。ジンベイザメらが長期連休で出ていって、他のお客を泊めるとき、部屋にこのパンフレットを置いてくれないか。」

――ゾウ山登山ムービー撮影致します。(ガイド付!)――

「今度は、日本人をターゲットにすることにしたから、外国人の時は置くのはよしてくれ。やっぱり、何日も一緒にいるとダメだな。良かれと思ってやったことが文化の壁ってやつだ。それからギクシャクしちゃって帰ってきた。ほんとは京都まで行く予定だったんだがな。」

 京都の案内なんてできるのだろうか。そういえばガールズバーの雇われ店長は、とっくのとうにやめたという。今回もどれだけ続くかわからないが受け取る。

「まぁ、あの日は戻ってきたら宴会をやってるんだから、ラッキーだった。」

 そうだらだら喋るモグラと話したくて、今ここにいるんじゃない。ジンベエザメを待っている。

 ジンベエザメに昨晩、結晶の話をしたら、慌てて部屋にこもりPCで調べ物と電話を何回もかけ始めた。今は、先ほどかかって来たその折り返しの電話を終えて、ジンベエザメが母屋から出てくるのを待っている。

 しばらくして洗い場にやってきたジンベエザメは、無言で私たち二人の脇を通過し、ぬるま湯のコックを緩くあけ、風呂桶に注ぎ、pH測定器でぬるま湯を測った。

「やっぱり弱アルカリだ。モグラ舐めてみろ。」

「やだよ。どうせしょっぱいんだろ。ラクダがリトマス試験紙の色を間違えてたんじゃないのか。」とモグラは言う。

 いや、湧いてから四日目に調査機関に採取してもらった。その結果もアルカリ性だった。その旨を伝えた。

「もしかするとここは厄介なことに、二つの地下水脈が岩盤を挟んで流れてそうだ。
 上の層にはゾウ山をはじめとした丹沢の岩盤で磨かれた火山性のアルカリ水が。
 そして、それが湧き出した時にどうしたことかもっと下の層も刺激してしまったらしい。ここらが海だった時の塩分を含んだ弱アルカリの化石海水が遅れて湧き出てきたんだ。」と、言う。

「でた! ジンベエザメの土木は文学ってやつ。」

 モグラは今日はhighだ。すぐ人の影響を受ける。外人かぶれってやつだ。

 あとで調べたが、土木は化学も扱う。
 掘削時に突然の湧水ゆうすいがあった場合は、定期的に水質を観測するのがセオリーらしい。なぜならば何かあった時、周辺の環境と何より作業員の人体に悪影響があるからだ。

「なんで、毎日チェックしなかったんだ。」と、ジンベエザメは悔やんでいる。

 モグラはジンベエザメが落ち込んでいるのを見て、良かれと思ったのか、「今後はどうなるか仮説でいいから教えてほしい。」と、何度も聞いていた。

 しかし、ジンベエザメは、堅く口をつむんだままだった。

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