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抱擁、あるいはライスには塩を 江國香織

細雪が好きでその話をしていたら、ある友人が「江國香織が細雪を書いたらこうなる」というコメント付きでこの本を勧めてくれた。高校生の頃に江國さんの本を読んでそれからずっと自分の中では不倫小説の人という失礼極まりない(本当にごめんなさい...)認識をしていたから、むしろ興味が湧いて手に取った。

結局誰かは不倫はしているんだけれども、というか不倫のスケールはむしろ上がっているんだけれども、それが物語の中心にはなっていないところが昔読んだ江國さんの本たちとは違っていて、個人的にはとても新鮮だった。

高校生の時には独特な甘い文体と大人の情事のエロさばかりを感じてしまって物語に入り込みきれなかった(何を読もうと男子高校生だったな...)。でもあの時よりは大人になった今読むと、それまで読んだ江國さんの本とは違っていたこともあって素直に物語に入り込める。登場人物たちと同じように喜び、悲しみ、時には怒ったりしながら読み進め、ページが残り少なくなってからは終わってしまうのが残念で少しずつ大事に読んだ。

細雪もそうだったけれど本のページを開いた途端に、頭の中に物語の世界がすぐに立ち上がって自然に入り込んでいける感じが個人的にかなり好きだった。多分そういう本が自分の性にもあっているのかもしれない。

昔はよく寝食を忘れて本を読んでいた。それぐらい夢中になれるのもそれはそれで素敵な体験だったと今では思う。でも肉体的にも精神的にも体力を使うからそういう本だけを読み続けるのはちょっと難しい。逆にあまりにも入り込めないとそれも面白くない。だから細雪もこの本も自分にとってはちょうど良いバランスなのだと思う。

余談だけれど、大学生になって初めて物語を読んでも頭の中に映像が浮かばない人がいるということを知った。それまでは誰もが自分と同じ世界が見えているんだと信じて疑わなかった。大人になるってそういうことなのかもしれない。どうしようもない分かり合えなさを認識して、そしてその溝を埋めるでもなく認めるでもなく、上手に諦める術を覚えていく。

単行本で600ページ弱ぐらいはあるから全部読むには時間がかかると思う。ただこの本に限って言えば、どこで中断しても次にまた再開した時に物語の筋を思い出したりといったストレスがあまりなくてのんびりと読み進めることができる。

同時に壮大なドラマも、先が気になって仕方のない展開も良い意味でないから、心を落ち着けたい時とかに読むと良いと思う。コロナとか株の大暴落とか現実世界の方が今はよっぽどドラマチックだし、そういう意味では今読むと最適(?)かもしれない。

抱擁、あるいはライスには塩を
江國香織
2010年 集英社

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