片方だけの思い出 #シロクマ文芸部
白い靴下が、片方だけ、しまわれている。
確か、1年くらいそのままの靴下。
私のじゃない靴下。彼の、靴下。元彼の、靴下。この部屋から出て行った、元彼の、靴下。
世界にたったひとつ、でもなければ、高級な靴下でもない。どこにでもあるような靴下。
彼がいなくなって、ポツンと残されていた靴下。
単に落ちたのか、それともわざと落としていったのか。そんなことを確かめようとするほどバカじゃない。
「靴下片方、落ちてたよ」なんてわざとらしく連絡するほど愚かじゃない。
それに彼だって、「靴下忘れたー」なんて間抜けなフリして取りにくるはずもない。
それなのに、じっと持ち主の帰りを待つかのように、片方の靴下だけが今でも私の部屋に残っている。
もしも、服だったなら。もしも、Tシャツだったなら。もしも、ワイシャツだったなら。
もしも、私がうら若き乙女だったなら。
彼を思い出して感傷に浸る夜があるかもしれない。しまいこんだものを、引っ張り出してくるかもしれない。
服に顔を埋めて、泣くかもしれない。服を抱いて、眠るかもしれない。
けれど、靴下、だ。
靴下を抱いて眠るヤツがどこにいる。
置いていかれた靴下に、私自身の思い出があるわけでもない。
しいて言うなら、彼はその靴下をなにか大事な仕事のときに履いていたな、と思うくらいだ。
捨ててもよかったはずなのに、どうして捨てなかったんだっけ。捨てられなかったんだっけ。
未練はもう色褪せた。もしも、もう一度付き合ってほしいと言われても、付き合わない。
次の恋はまだ見つけてはいないけれど。まだ見つけていないだけ。
次の恋を見つけたら、捨てよう。
きっと、捨てられる。
今はまだ、しまわれたままの、白い靴下を。
#シロクマ文芸部 企画に参加しました。
余談。
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2024.05.17 もげら
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