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蝉とシロクマ、グリーンカレー

燃えるゴミを出しに行った朝のこと。
素敵な朝の光も私の肌に紫外線を届けてしまう。
日焼け止めを塗って、帽子を被って下のゴミ捨て場に行く。

帽子の下、狭くなった視界の隅に茶色い落ち葉が映った。
ゴミを出し終わった帰りにまた映ったそれは、茶色い落ち葉じゃなくて蝉の抜け殻だって気づいた。
ちゃんと蝉の抜け殻を認識するなんて、何年ぶりだろう。宝物のように集めていた小さな私が、虫取り網を振り回していた木のすぐそば。
近寄ってみて、ちょっと驚いた。
羽化したての蝉がじっと待っている。とうめいなみどりいろ。

ようこそ、地上へ。


昼ごはんの時に、梅雨が明けた知らせを聞いた。
あの蝉は梅雨明けを知っていたのかな。1週間、無事に生き抜いてほしいなんて思う。
昼の空が青い。窓一枚隔てた先にのびる夏。
夏空も蝉の鳴き声も、窓の外。


毎年毎年、過去最高に暑い夏がやってくる。私が小学生の頃から、随分暑くなってしまった。
冷房で冷やす度に、外が暑くなってしまうね、なんて話す。私の焦がれる夏は、松本隆の詩の中にしか存在しないのかも。どこかへ消えてしまった夏たち。
どこからそうなってしまったんだろう、と呟くと、アスファルトかな、と返ってきた。
熱を吸収できない地面、放射する熱。地球に還れず道路に転がる蝉の死体。
全部全部、素晴らしい発明だった。知的好奇心の飽くなき探求、生きるために便利な道具たちと不可逆な星。


私が106歳になる頃、シロクマも私も地球上にはいない。あんなに素晴らしい毛皮と牙を持つ動物は消えてしまうのだって。不可逆な反応。生命の輪に組み込まれない営みを重ねて。
日食では世界が壊れないことを知った私たちは、自分たちで世界を壊してしまうのか、なんて考えちゃうこともあるけれど、今日の私が生きる事で精一杯。


暑さがこもる台所でグリーンカレーを作る。じんわり蒸れる体で鍋の中をかき混ぜて。
タンドリーチキンを焼く。漬け込んだヨーグルト、ニンニク、カレールゥが混じりあって匂う。
タンドリーチキンから発せられるカレーの匂いの一瞬外側に、手持ち花火の火薬の匂いを覚えた気がした。フライパンに顔を近付けて何度も何度も嗅いでしまう。ふしぎ。なんで火薬の匂いなんてするんだろう。フライパンに近付きすぎて顔が熱いな。


グリーンカレーが辛すぎて、口が痛い。口直しに食べたタンドリーチキンの味なんて全く分からなかった。
朝のベランダに出しておいた梅干しを取り込んでいなかった事に気付いて、慌てて夜に飛び出す、そんな真夏のはじまり。


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