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父の鍵。2368文字#シロクマ文芸部

「消えた鍵は、もう二度と出てこねーよ母さん」
「口動かさずに手を動かしなさいっ!」
「まぁまぁ2人共、ゆっくり穏やかに探そうね」
やいのやいのやっている息子と母。
それを優しくたしなめる父方の伯父。
俺の名前は勝原透(かつはら とおる)
19歳
母の名前は勝原ことな
42歳
父方の伯父 勝原雅人(かつはら まさと)
38歳
勝原家3人で何をしているかというと、
父が使っていたラリーカーの鍵を改めて探している最中だ。
ラリーカーとは、モータースポーツの一つ、ラリーという競技で使う車のこと。
ラリーとは法律上、公道を走行出来る車両でタイムアタックをする自動車競技だ。プロのドライバー(ラリースト)達が魅せる走りは、とても目を見張るものがある。
父はそのラリーストであり、世界を舞台に第一線でたたかっていた。けれど、俺がまだ小学6年生だったころ、電車の脱線事故に巻き込まれ、この世から旅立った。
そんな父の愛車は、ラリー仕様になっている車と普通車の2台あり、そのラリーカーの鍵の行方がまったく分からくなっているのだ。
父はズボラな所がありしょっちゅう物を無くすクセがあった。けれど、自分の好きな愛車の鍵だけは無くしたことがなく、とても愛していたというのに…よりにもよって、その愛車の一つの鍵が全く見つからないなんて。かれこれ3時間以上は探している。家は平屋だからそんなに広くはないし、物もあまりない。なのに、ラリーカーの鍵は全くもって見つからないのだ。
「ほんとに此処にあるのかよ。全然見つからないじゃんかっ。7年前と一緒だよ。」
「そんなこと言ったって、絶対あるはずなのよ!このままじゃ、ずっと車検のたんびに整備士の岡原さんが機材一式持って車検してメンテナンスしてくれてるのよっ!
いい加減悪いじゃない!」
父亡き後もラリーカーはちゃんと点検され車検に通っている。
鍵がないのにどうして車検が出来るのか。それは整備士の岡原さんがスペアキーを持っているから。
えっ?だったらそれを使わせて貰えば良い?……俺だってそう思ってるよ。でも、そうすることを頑として母が譲らない。父こと、勝原優人(かつはら ゆうと)が、ずっと持っていた鍵だからこそ価値がある、と言って聞かないのだ。
でも、だから岡原さんが一式持って車検するハメになっているんじゃないのか、と俺はずっと思っているが、とうの岡原さんも「一式持っていくことは別に大変なことじゃないから気にしないで」
という。むしろ、名誉なことだと。気持ちは嬉しいが俺にはさっぱり理解ができなかった。
「はぁー、やっぱり出てこない。俺、少し外で休憩してくるよ」
そういうと透は立ち上がって伸びをした。
「…そうね、雅人君、私達も休憩しましょうか?」
「はい。そうしましょう」
一時休憩になった勝原家。透は玄関から外に出て玄関の段差の所に腰掛け、外の空気を吸うことにした。
「はぁーあ、ほんと、何処にあるわけ?」
いくら探しても見つからない父の鍵。
もはや幻だったのではと錯覚しそうな程透の心は折れかけていた。
透はMT免許を取得してから、B級ライセンスを取得した。このライセンスを持っていればラリーチャレンジという大会に参加することができる。透はそこに参戦しようと思っていた。ラリーは2人1組で行う競技で、ハンドルを握るドライバーと、道をナビゲートするコ.ドライバーが必要になる。ナビゲート役は親友の勇気が務めてくれることになっている。
透も尊敬するほどの大のクルマ好きだ。
そして出場するなら父のラリーカーで大会に出場したい、本当はそう思っていたのだったが…。
けれど肝心の鍵は出てこない。見つけたいのに見つけられない。なんとも言えない歯がゆさが透の心を覆っていた。

…………………その時っ、
にゃ~ん。
どこからともなく猫の声。
にゃ~ん。
段々と近くなる猫の声。
「あれ?お前…もしかして」
鳴きながら透に近づいてきた一匹の猫。
猫の種類は三毛猫で、雌猫だった。
その三毛猫の首に何かが付いている。
その首輪にも似たものは、透が良く知っているものだった。
「……かぎ、!!父さんのラリーカーの鍵っ!!」
透は三毛猫を優しく引き寄せると首輪状になっているラリーカーの鍵をそっとこちらも優しく外した。
「今まで重かっただろ。ごめんな。後で病院に行って見てもらおうな」
「にゃ~ん」
三毛猫は誰かに飼われている様子は無かったが、とても人馴れをしていた。透が抱いてもまったく動じず、グルグルと喉を鳴らしている。
「母さんっ!伯父さんっ!あったよっ!父さんの鍵っ!!」
見つかった!と母と伯父は駆け足で透のもとへやって来た。
「…………っ!!」
透の持っているそれは、紛れもなく父の鍵。夫の鍵。そして兄の鍵であった。
どうしてこの三毛猫が首輪にかけていたのかは、もはや父にしか分からないが、この三毛猫は勝原家で相談した結果、勝原家で飼うことになった。
直ぐに動物病院に連れて行くと、年齢は9歳。毛並みは綺麗でとても綺麗な顔をしている美猫さんだ。
首も問題もなく、健康状態も良好。
名前は父から一文字もらい優(ゆう)となった。

不思議な縁で出会った優と勝原家。
無事に見つかった父の鍵は、車とともに透が受け継ぐことになった。
あと半年もすれば、透のラリー初戦がある。またラリー競技の世界へ戻ることの出来るラリーカーは、心なしか何処か嬉しそうに見える。
三毛猫の優はというと、きっと勝原家の勝利の女神様ならぬ勝利の猫様になりそうだ。
そして、父が見てきてた景色を今度は息子の透が見つめ始めようとしている。
父の鍵が繋いだ、勝原家と三毛猫の優。
これから先、勝原家と三毛猫の優は、どんな景色を見つめていくのだろうか。

とても気になるその先だが、
それはまた、別のお話で。


❋❋❋❋
好きなことを題材に書いてみました。
もしかしたら矛盾していたり、おかしいところもあるかと思いますが、広い心で読んで頂けたら幸いです。
ありがとうございました。

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