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『フランスの高校生が学んでいる10人の哲学者』 by シャルル・ぺパン

フランスの高校生が学んでいる10人の哲学者』 by シャルル・ぺパン(訳 永田千奈 草思社)

フランスの高校では、哲学が必修で、バカロレア(大学入学資格試験)では、文系理系を問わず哲学の筆記試験が課される、とのこと。エリートになるためには不可欠な教養なのである。

この本ではタイトル通り10人の哲学者(正確に言うと哲学者とは言えない方も含まれている)が紹介されている。
1. プラトン
2. アリストテレス
3. デカルト
4. スピノザ
5. カント
6. ヘーゲル
7. キルケゴール
8. ニーチェ
9. フロイト
10.サルトル

初めのほうを読んでいるうちは、わかりやすい~すぐ読めそう、と思ったのだが、だんだん混乱してきた。
そんなわけで、1度読み終えてから、貸出期間を延長して、今度はメモを取ることにした。

10人の哲学者、それぞれについて、思想の解説、アドバイス、問題発言が記されている。
アドバイスや問題発言については、面白いものもあるが、ここだけ読んでもあまり意味はないので、解説部分だけ、簡単にまとめておく。
感想としては、全部理解したわけではないが、哲学の入門書としては、軽すぎず、硬すぎず良い本だと思う。

以下メモ。

1.プラトン(BC428(427?)~348(347?)
古代ギリシャの哲学者。
アカデミアと理想主義の創始者。

「イデア(理想の天界)」では、人間はこうあるべき、というただ1つの理想的な人間像しか存在しない。
生まれる前に、人間はイデアの天界に暮らしており、死ぬとまた空に戻る。
知ることは、常に思い起こすことであり、記憶を呼び覚ますこと。
偶然性の否定。すべては必然。民主主義に厳しい目。芸術批判。
アカデミアの正面には、「数学を学ばざる者この門をくぐるべからず」

ニーチェによれば、キリスト教は、プラトンの思想を借用、「誰でも天国に行ける」とすることで、プラトン主義を俗化させた。

2.アリストテレス(BC384~BC322)
ギリシャの哲学者。医者の息子でプラトンの弟子。
現実主義と百科全書派の祖。

プラトンの弟子でありながら真逆。
イデアを否定し、地上の人間、多様性を擁護。民主主義を擁護。偶発を認める。
純粋な理論による学問(主に数学)、行動に結びつく実践分野(物理、政治、倫理など)、想像に結びつくポイエティックな分野(芸術や工芸など)を区別し、この三分野は等しい価値を持つものとする。
中庸こそが最善。

3.デカルト(1596~1650)
フランスの哲学者、数学者。
人間の理解の限界と神の存在を証明。暫定的道徳の祖。

あらゆる事象を問題にし、疑い、確固たる新たな土台の上に知を再構成しようとした。
1つだけ確実に存在するのは、「われ思う、ゆえにわれあり」。
素材の羅列である自然の中にあって、機械のような動物に囲まれ、ただ、人間だけが自由意志と意識を持っている、という考え方。

暫定的道徳(『方法序説』より)
①    その国の習慣に従う。
②    何かを判断することは、それが最善策であるというつもりで遂行
③    自らの欲求を満たすために努力する。できないときは、世界の秩序ではなく、自らの欲望のほうを変化させる。
④    真理を求める

4.スピノザ(1632~1677)
オランダ人哲学者。
ラビ(ユダヤ教の指導者)になるために研究していたが、「森羅万象」としての神を含め、神の完全否定に至り、破門、追放され、顕微鏡レンズの研磨という、最先端技術によって、生計を立てる。

迷信の批判。
神についての不適切な思い込みを次々と暴いたうえで、神を「自然」もしくは「森羅万象」と再定義。

17世紀、近代科学が誕生、人間の思想は進化し、科学による神の解明が始まる。
自然界に当てはまる普遍的な法則を科学的に解明することは、思考によって神に迫ること。
理性で神を理解。

『エチカ』~定義、定理、証明、という形式。

5.カント(1724~1804)
ドイツの哲学者。

『純粋理性批判』
科学が私たちに教えてくれることは、「間違い」ではないし、生活に有益なものであるが、真理ではない。私たちは、自分の能力の範囲でしか世界を知ることができない。
科学に限界があるからこそ、私たちは、願い、祈ることが許される。
ただの迷信でない場合に限り、信仰には、よりよく生きる、より深く知る、より賢く行動するために役立つこともある。
統合された世界や、神という概念を持っている科学者のほうが、信仰のない科学者よりも自然現象の間の因果関係を証明する力に優れている。

知識と信仰を混同するな!
知ることも美しい尊い行為、信仰もまた美しい尊い行為。

6.ヘーゲル(1770~1831)
プロテスタント派のドイツの哲学者。ナポレオンと同時代。
キーワードは、「歴史の終焉」と「芸術の死」。

歴史を、形而上学、美学、政治、宗教など、すべての分野で真理が段階的に進化していく過程としてとらえた。
歴史の終わりとは、歴史がその原初より目指してきた、最終形に到達した時点を指す。
歴史の終点とは、この世の終わりではなく、ただ単純にこれ以上改善する余地がないところ、歴史の完成形、確固たる政治力と経済面および社会面の自由が、最良の形で結びつき、人々が最も幸福に暮らせる国家を意味。

7.キルケゴール(1813~1855)
デンマークの哲学者。
存在のパラドックスを唱え、ヘーゲルの理性についての考えに反論。

ヘーゲル:思考の中に真理、理解することに必然、信仰は正義

キルケゴール:生きた時間の濃密さに真理、理解不能なものへの情熱、信仰=絶望

ニーチェ:神なき世界における人生の虚無、悲劇的な笑い

キルケゴール:神の神秘、「おののき」

最初に人間としての存在。
存在とは苦悩すること。次は絶望すること。苦悩するのは自由だから。
あれもこれもできないから苦しいのではなく、あれもこれもできる中で、1人きりで、疑念や躊躇や不安や震えの中で行動すべきか否かを選ばなければならないから苦しいのだ。

8.ニーチェ(1844~1900)
反哲学、反ドイツ的な、ドイツの哲学者。
「神の死」と「永劫回帰」の提唱者。

①    形而上学者としてのニーチェ
真理には全も悪もなく、世界は狂気と逸脱の陶酔でしかない。
人間の恐怖と苦しみは、神から与えられたものではなく、存在そのものが悲劇。
私たちが芸術を持っているのは、私たちが、真理で台無しにならないためである。
②    破壊者としてのニーチェ
形而上学、宗教、科学、芸術や哲学まで、あらゆる偶像を壊す。
③    預言者であり、詩人であり、説教者としてのニーチェ
「永劫回帰」「力への意思」「超人間」といった新たな概念を生み出す

9.フロイト(1858~1929)
オーストリアの精神分析医。
ラビの息子にして、精神分析の父。能動的無意識の発見者。

リビドー=無意識のエネルギー。
文明は、自然的な欲動が抑圧されていく過程。
文明が、抑圧された欲求を満足させる代替物を提供している。
芸術家は「昇華」の過程で、美意識を発揮するのであり、芸術作品を通じ、抑圧された欲動を文明的な方法で満たすことができる。

人間は、自然の欲求の一部を抑圧し、無意識やリビドーに閉じ込めることで、それを文化活動の原動力にした。
リビドーは、ノイローゼや強迫観念の原因である前に、文明の冒険へと進むための大きな原動力。

10. サルトル(1905~1980)
実存主義を生み出した、フランスの哲学者、作家。
シモヌード・ボーヴォワールと契約結婚。ノーベル文学賞を拒否。

3つの段階で、哲学を大衆化させた。
①    講演 ② 小説 ③ ジャーナリズム(「リベラシオン」創刊)

『存在と無』
完全な自由=無
「人間は、今ある状態の自分ではなく、今の状態にないものすべてでありうる」


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