おすすめの一冊

 今年度はノーベル文学賞が選考委員会の都合で見送られました。もう確実と言われて久しい村上春樹(兵庫県出身)も騒がれることなく過ぎゆく1年でしたね。それにしてもカズオ・イシグロ(長崎県出身、イギリス国籍)が受賞したことはまだ記憶に新しいと思います。

 もう5、6年前になると思いますが表紙にカセットテープの絵をあしらった装丁の本を偶然手にとりました。「わたしを離さないで(Never Let Me Go)」だったのですが、その表紙のカセットテープは読み進めていく上で重要なエピソードに繋がっていきます。装丁と物語の内容がピッタリはまり込んだ時、思わず声を上げたくらい唸りました。作者のしてやったり感にはまり込んだ快感というか悔しさというか、しばし読書スペースであるソファで呻吟しました。世に傑作と名のつく小説は多々ありますが、ここ10年では私の中でベスト5に入ります。

 今年のノーベル医学・生理学賞はガンの免疫療法の道を確立した本庶佑氏だったのですが2006年には同じく京都大学の山中伸弥教授がiPS細胞の作成したことにより同賞を受賞しています。iPS細胞とは自分の皮膚細胞などからでも遺伝子を操作することでどのような臓器にも分化できる幹細胞を作り出せる技術です。現代の医学は遺伝子技術を応用して自らの細胞から老化や損傷した臓器を作り出し、死や老化を回避または延長しようとしています。これは素晴らしいことなのですが、想像すると恐ろしい世界でもあります。「わたしを離さないで」の発表は2005年。物語は臓器移植に関するおぞましい未来をリアルに描いており、不条理な運命を通して人の細やかな感情や友情、人生の絶望と希望を描いています。映画や演劇でもリメイクされていますが、やはり原作のもつ力を堪能してほしいと思います。おすすめの一冊です。



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