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【短編空洞小説】2_物語はドーナツの穴へ収束する12秒について

放課後の図書館で、私は指先の付箋をひらひらさせながら時間をつぶしている。今朝、保健調査の封筒の中身を確認したら、この付箋が貼ってあった。「小説家」と朱筆された華々しいクセ字は母の手だ。私はそっとはがして筆箱に入れた。

母は少し変わっている。

教壇に立つ姿は、特に面白みのない普通の先生だ。
家でも普通の「家事が苦手なお母さん」という佇まいで、時折塩辛い料理を作って出す。

でも、やはり少し変わっている。

一言で言うなら、常に「上の空」だ。
洗濯を畳んでいても、宿題を見てくれる時も別の事を考えている。
他人はわからないかもしれないが、私にはわかる。

母の思いの宛先が自分でない事に敏感だった頃は、母を引きつけたくて努力した。

私より先に眠ろうとする母にお話しをせがんだ時だった。
「眠いって言ってるでしょ。」
「お願い!『むかしむかし、お姫さまがいました』みたいなのでいいから」
母は大きくため息をついて、むかーしむかしと話し始める。
「むかーしむかし、あるところに、お姫様がいました。」母は柔らかい、情感ある声でゆっくりと話し始める。間をおいて、
「おーしーまい。めでたしめでたし」
薄く笑って、瞼を閉じた。
そんなんじゃないと泣いた後は覚えていない。

小説家になりたいなら早く作品を作ればいいのに。
ほら、ここだけでもこんなにたくさんの本がある。
この中にお母さんの本を置いていけない理由はない。

ドアの近くで、待ち合わせの相手が手を振っている。時間だ。
私は「日本文学」の棚から「文学史」を取り出し、現代文学のページに指先の付箋を貼り付けた。




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