【長編小説】二人、江戸を翔ける! 1話目:始まり⑨
■この話の主要人物
藤兵衛:主人公。隻眼の浪人で、傘張り仕事を生業としている。
凛:茶髪の豪快&怪力娘。ある朝、藤兵衛に助けられた。
吉佐:町方役人の同心だが、悪い噂が絶えない。
太右衛門:薬種店・越後屋の主人。裏で阿片の密売をしている。
■本文
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凛は目の前で起きている事が信じられないでいた。
実は意識はしっかりしていた。というのも阿片を嗅がされた時に吸ったフリをしたのだ。
その後油断させたところで隙を見て逃げようとしていたのだが、表に連れ出されたところへ藤兵衛が現れて颯爽と救い出してくれたのだった。
一縷の望みを託した仕掛けに気付き、しかも助けに来てくれた。それだけでも涙が出るほど嬉しかった。
だが、多人数に囲まれた時には巻き込んでしまったと後悔した。いっそのこと自分が囮になって藤兵衛だけでも逃がそうと考えていたら・・・ とんでもない展開になっているのだ。
藤兵衛は斬りかかってくるならず者たちを次々と弾き飛ばしていた。ならず者とはいえども、日々喧嘩に明け暮れて腕っぷしには自信がある者たちである。そんな連中が、藤兵衛の鉄傘の一振りで次々と飛んでいくのだ。
一合すら渡り合う事も出来ず、藤兵衛の体に触れることさえ出来ず、まるで竜巻に巻き込まれたように吹き飛んでいく。
凛はその光景を夢でも見ているような感覚で眺めていた。
(あ・・・ あんなに、強かった、の?)
思わず胸の前でぎゅっと両の手を握りしめていた。
「な、ななな、なんですか、あれは!?」
信じられないものを見ているのは、吉佐と太右衛門も同じだった。腕が立つとは聞いていたが、とても人間とは思えない強さなのだ。
吉佐は呆然として呟く。
「は・・・ 白光鬼・・・ だ」
「え? 白光鬼? ・・・ええええ! あ、あの、白光鬼!?」
太右衛門は吉佐の口から飛び出た言葉に大いに驚く。
「ま、間違いねぇ。・・・昔、見た事がある。深夜に賊の喧嘩があるってんで、駆け付けたらあんな感じだった。数十人がたった一人に、一方的にやられてたんだよ。しかも、そいつは笑いながら、人を斬ってたんだ。そうだよ、あんな感じに目も光ってたから、与太話じゃねえんだ、本当にいたんだって、ぞっとしたのを覚えてる。俺らは怖くて近寄りも出来なかった」
「で・・・ でもでも、捕まって処刑されたはずじゃ!?」
「違うんだよ」
「ち、違う?」
「そん時を境にぷっつり居なくなっちまったんだよ。だから、これ幸いにって感じで、そういう話にしたんだよ」
ならず者の一人が二人のすぐ近くに吹き飛び、思わず後ずさる二人。
見ると藤兵衛が鉄傘を低く構え、二人に迫ってきていた。
「ひ、ひいぃ!」
「く、くそがぁ!」
吉佐は半ば自棄になって斬りかかるが、藤兵衛の一撃で弾き飛ばされてそのまま気を失ってしまった。
一人になった太右衛門は叫び声をあげて逃げようとするが、藤兵衛に捕えられ凛の近くに放り投げられる。
慌てて起き上がったところを眼前に鉄傘を突き立てられ、身動き出来ない状態となってしまった。
「お前で、最後だな」
藤兵衛の妖しく冷たく光る目に見下ろされると、太右衛門は半狂乱になって命乞いを始めた。
「ひいぃ! い、命ばかりはお助けを! 私は上に言われるままに、動いていただけなんです! 吉佐のことも、私からではなく向こうから近づいてきたんです! 手を組もう、と言われて。こちらとしても断る理由はなかったですし、むしろ都合がよかったですし」
よほど困惑しているのか、たまに本音が混じっている。
「お、お嬢さんの父親のことだって、吉佐がやったことなんです! わ、私は命まで取る必要はないって言ったんですが、吉佐は脅してくるような馬鹿は見せしめにする必要があるって、だ、だから・・・あ!!」
と、太右衛門は失言してしまったことに気付き慌てて弁明しようとするが、藤兵衛はそれを遮り凛を呼ぶ。
「だとさ。・・・どうする? もう、気付いているんだろ?」
どうやらフリをしていたのは、藤兵衛にはお見通しだったらしい。凛は太右衛門の前に立つ。
「む、難しい事はわからない。けどね・・・ そりゃ、出来のいい父ちゃんとはとても言えなかったけど、たまには優しいところもあったのよ。それを虫けらのように殺しておいて、挙句に馬鹿呼ばわりされて」
「そ、それは言葉のあやでして・・・ 決してそんな意味では!」
「しかも、あの時は知らんぷりしておいて、やばそうになったら自分のせいじゃない、ですって!?」
凛の怒りのボルテージが高まっていく。
「あんまり、人を馬鹿にするんじゃないわよ!! ・・・命までは取らないわ。だけど、これぐらいはやらせてもらうわ!!」
凛は右手を大上段に振りかざすと、渾身の力で太右衛門に張り手をくらわせた。
ばちこーーーーーーーーーん!!
「ぎにょえーーーーーーー!!」
太右衛門は一回、二回、と回転しながら吹き飛び、終いには建物の土台にぶつかってようやく止まった。
意識は既に無くなり、口から泡を吐き出しながらピクピクと痙攣していた。
「あ~~、す~~っとしたわ!」
(・・・俺にのされた方がまだマシだったんじゃないか?(汗))
満足気な凛とは裏腹に、藤兵衛は痙攣している太右衛門を見て少し同情するのであった。
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「さて、そろそろ帰るか?」
そう言われて、凛ははっと藤兵衛の方を振りむく。見ると先程まであった右目の妖しい光は消え、いつもの藤兵衛に戻っていた。
それを見た瞬間、凛はへなへなと座り込んでしまった。
「どうした? 怪我でもしたのか?」
「う・・・ううん。なんか、ほっとしたら気が抜けて・・・」
(そりゃあ、そうか。いくら気が強くても、まだ十代の娘。それが、こんな事に巻き込まれちゃぁな)
と、納得する。
落ち着くまで待とうかと思っていたが、
『御用だ。御用だ』
と、外から掛け声が近づいてくるのがわかった。
(さてはあの婆さんの差し金か?)
そう直感した藤兵衛はこれ以上の面倒事は御免だとばかりに、
「しょうがない、おぶっていこう」
と、凛を背負うと裏口から出ていった。
この後、現場に駆け付けた捕り方が見たものは、うめいているならず者達と口から泡を吹いていた薬種店・越後屋の主人だった。その場で家探しが行われた結果、阿片や取引帳簿が見つかり、そこに居たものは全員捕縛され牢屋送りとなった。
ただ、そこには町方同心・吉佐の姿はなく、それ以来ぷっつりと姿をくらましたのだった。
つづく
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