【短編小説】異世界:魔法使い(炎系)が雇われて・下
■本文
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「あ~、露天風呂は気持ちいいなあ。・・・温泉じゃないけど」
一週間ほど経つと、だいぶ仕事に慣れてきました。
温泉の営業は半日なので、一度仕事をすれば二日は休みになります。なので休みの日は、こうして頻繁に露天風呂に入っています。
仕事仲間とも仲良くなり、この前は『炎が得意な魔法使いに直毛はいない』話題で大いに盛り上がりました。
実際もう一名の方もチリチリヘアーで、三人のアフロが並ぶとなかなかに壮観です。
(きついけど給金はいいし、これはこれで良い仕事かも)
そんなことを考えていると、お客さんの会話がちらほらと聞こえてきました。
「やっぱ温泉はいいね」
(川から引いた水を温めてるんだけどね)
「肌がぬるぬるするのは、良質温泉の証らしいぞ」
(それは爺さんが誤魔化しで、片栗粉入れてるからなんだけどね)
例えいけない事でも真実を知っていると優越感が湧くんだなあと、一つ学びました。
そんなある日のこと。自分の番の時に、若い娘の集団が露天風呂にやってきました。
キャッキャッとかわいい声が聞こえてきたのでですぐにわかります。
「ねえ、エリス。また胸が大きくなったんじゃない?」
「そ、そう?」
(ん?)
そんな会話が聞こえたので、つい聞き耳を立ててしまいます。だって、僕、健全な男ですから。
「いつもあいつに揉まれてるからでしょ。どれ、私にも揉ませなさいよ」
「や、ちょっと、やめてよ~」
「私も、揉みた~い」
こんな会話に混じって、艶やかな歓声も時々聞こえてきます。
(な、なにが起こってるんだ!?)
と同時に、
(胸は揉まれると大きくなるのか!?)
と学習し、一歩大人に近づいた気分になりました。
僕はもう気が気がではなくなってしまい、女子集団の会話に全神経を集中させました。
そうして暫くすると・・・
「なんか、熱くない?」
「そうね・・・ ていうか、これかなり熱いわよ」
隣の男湯からも、
「うわ、あちい!」
「なんだ、こりゃ!」
という悲鳴が聞こえてきました。ここで自分のしでかしに気付きました。
女性陣の大人な会話に興奮してしまい、その勢いで炎の出力を上げ過ぎてしまったのでした。
(や、やばい!)
慌てて魔法の出力を下げましたが、なかなか温度は下がりません。
騒ぎを聞きつけ、協会の方々も露天風呂に駆けつけてきたようです。
(どうしよう? 素直に謝ったほうがいいのかな? でも、髪をむしられるのは嫌だし・・・)
そんな風に迷っていると、
「こ、これだあ!!」
突然大声をあげた男性がいました。続いて、こんな言葉が聞こえます。
「この湯加減、芯までくる熱さ、今までにない温泉です! 実に、素晴らしい!」
どうやら感動しているみたいです。
大事なものをプラプラとさせたまま、熱く語っている姿が想像できます。
次いでその男性を知っているのか、協会のお爺さんの声も聞こえました。
「あ、あなたは! 温泉ミシュランの調査員・カリエンテ様ではねえべか!」
「いかにも。3年に一度発刊する温泉ガイドブックの為に、全国の温泉を調査していたのです」
なんだかクレームではないようだったので、僕は会話が気になって露天風呂の方へ向かいます。
すると、お爺さんが男性と何やら会話を交わしていました。
「あなたがこの温泉の管理人ですかな? この熱さ、ズバリ源泉をそのまま掛け流してると見た! 違いますかな?」
俺、わかってるんだぜえ? みたいなドヤ顔をして、男性は裸のまま語っています。男性の体は真っ赤でした。
(いや、違うんですけど・・・)
僕が事実を言おうか迷っていると、お爺さんが目を光らせました。
「・・・さすがはカリエンテ様、おわかりになりましただべが?」
(ええ“!?)
僕はお驚いてしまいます。しかし、それと同時に事態を都合のいい方向に持っていく手腕に感心してしまいます。
「そうでしょう、そうでしょう。この火傷一歩手前の温度、今までに経験したことのないものでした。最高ランクの星五つさしあげましょう!」
男性の言葉に協会の面々は大歓声をあげました。
お爺さんを見つめると、僕の視線に気付いたのか振り返り、親指を立てていい笑顔をしていました。
それを見て、しでかしが怒られなくてよかったと思う反面、これが年の甲というものかとまた一つ学んだ気持ちになりました。
あの出来事から数週間後、この仕事も終わりとなりました。
あれ以降、湯の温度がかなり高めに設定されたので魔法出力も上げた結果、髪が前よりもチリチリになってシャンプーがより泡立つようになってしまいました。
報酬を受け取りに行くと、
「おめには世話になっただな。おがげで、こごも賑やがになりそんだ」
お礼を言われ、受け取った袋を見ると当初の規定額よりも多い金貨が入っていました。
(これは口止め料も入っているんですね)
今回で大人の世界を学んだ僕には、何も言われなくてもわかりました。
挨拶を交わし、最後に今後はどうするのかを聞いてみました。新たに温泉を掘り当てた話を聞かないので、今後のあてが気になったのです。
「地下水脈ば掘り当でだで、新型の魔道具ボイラーば買って沸がすごどにしだべ」
「・・・いいんですか? それで?」
「なあに、熱げればいいんだ。あの温泉調査員だってわがんねがったしな」
その答えに、僕はまた一つ学びました。
(なるほど。これが世の中を渡るということか)
それから暫く経つと、あのテルメ温泉は有名温泉地になりました。
温泉ミシュランに五つ星の評価をされ、『痺れるほどの熱さがたまらない』と記載された効果もあったのでしょう。しかしそれ以上に、熱さを活かした我慢大会や熱湯広告大会なるものを開催するなど、あのヤリ手のお爺さんが頑張ったからでしょう。
僕もあの仕事で多くのことを学びました。
バレなければいい、皆が幸せなら嘘をついてもいい、胸は揉んだら大きくなる、それらを心に刻み今日も仕事に励みます。
おわり
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