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【短編小説】技術系社員の苦闘

 モノづくりの主体が海外へと移り、日本からモノ作りの現場が消え去ってどれぐらいの時間が過ぎただろうか。
細々とあった試作ラインですら海外に移管され、または外注化になり、日本の社内には『モノづくり』というものが無くなってしまった。
 
これはそんな環境下でも、歩留り向上をミッションに日々奮闘する技術系社員の物語である。
 
モノづくりは『創造力』と言われたのは、もはや一世代前の話。今、主流なのはモノづくりは『想像力』である。
 
「ふぅー」

大きく息を吐き出し、男はクリーンベンチの前に座りパソコンの画面を覗き込む。男の顔は疲れたように見え、無精ひげが生えている。彼が担当している製品は、海外工場で生産をしているガラス製品である。

その中でも、今度立ち上がる新機種は量産開始直後から98%以上の高歩留りを求められ、上司からもプレッシャーを掛けられている。
 
(出来る訳ないだろ!)

そう思ってはいるが、そこは悲しきサラリーマン。上司の言う事は絶対なのだ。
 
という事で、これから彼はミッション達成の為に想像の世界に入る。何故なら、日本には現場が無いからだ。パソコンに映っている生産現場の写真をじっくりと目に焼き付けた後、彼は静かに目を瞑る。
そして、想像するのだ。ガラス製品が粛々と生産されている状況を。
 
今、最終工程の研磨までモノが流れ、これから装置にセットしようとする段階である。だが、この前にゴミ等が付いていないか、きれいなモノが投入されるかを確認するのがポイントなのだ。彼は想像力を高め、確認に入る。
 
想像の世界で照明の電源を付け、コットンを手に取ってエタノール容器に押し付け・・・ここで彼は気付く。

「おおっと、指サックを付けるのを忘れていた」

そう呟き彼は指一本一本に指サックを丁寧にはめていく。当然、実際に付けるのではなく『エアー』。つまり付けた『振り』の動作で・・・
 
『エアー』指サックをはめたら、次に『エアー』ガラス製品を持ち『エアー』照明の前で検査する。すると、汚れが付着しているのに気付く。

『エアー』コットンを手に取り、それに『エアー』エタノールを付け、『エアー』吹き拭き上げ作業をする。

(むむ。拭きムラが。)
 
拭きムラが残ったので、『エアー』拭き作業をやり直す。丁寧に、一方向にムラが残らないように、エアーで・・・

周りから見れば、「この人大丈夫?」と思われる事必至だ。
 
(よし、綺麗になった。次。)
(おっと、こいつは糸くずが付いている。)

この場合は、手に『エアー』のエアーガンを持ち、吹き飛ばす。
 
「ぷしゅーー」

自分の口でエアーガンの音真似をして、糸くずを吹き飛んだ事を想像する。名付けて『エアーエアー吹き』だ。
 
そうして綺麗になった製品を研磨工程に流し、最終検査まで完了した様子を想像する。
 
結果、エアー 歩留り98.3%
 
(よし! 目標達成だ!)
 
そうして彼は意気揚々と、想像で得た知見を標準書や工程表に落とし込み、初回Lotを流動する。

果たして現実の結果は・・・
 
96.8%
 
(あれ? 目標未達・・・)

そんな馬鹿な! 現場に理由を問い合わせる。すると、
 
「つまづいて、運ぶときにすこしオトシマシタ~。」

カタコトの日本語で答えが返ってきた。
 
(まさか、落下とは・・・)
 
これは、想像出来なかった。俺もまだまだだと、彼は自分を戒める。
今度は足元にも注意して想像しよう。
 
モノづくりは『想像力
 
彼はこれからも、素晴らしい想像力で会社に貢献していくのだろう。

おわり



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