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【長編小説】二人、江戸を翔ける! 3話目:あの人のことが知りたくて⑤(最後)

■あらすじ
ある朝出会ったのをきっかけに、少女・りんを助けることになった隻眼の浪人・藤兵衛とうべえ。そして、どういう流れか凛は藤兵衛の助手かつ上役になってしまう。これは、東京がまだ江戸と呼ばれた時代の、奇想天外な物語です。

■この話の主要人物
藤兵衛とうべえ:主人公。隻眼の浪人で、傘張り仕事を生業としている。
りん:茶髪の豪快&怪力娘。『いろは』の従業員兼傘貼り仕事の上役、兼裏稼業の助手。
お梅婆さん:『よろづや・いろは』の女主人。色々な商売をしているやり手の婆さん。

■本文
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それから数日後のこと。傘張り仕事が一段落し、藤兵衛はふうっと一息つく。

「藤兵衛さん、お疲れさまでした。この後お店に戻るんで、出来上がった傘はついでに持ってくね」

凛が背負って立ち上がると、何かを思い出したように声を上げた。

「あ、そうだ! 藤兵衛さん」

「ん?」

「この前おせんちゃんのところでもらった本、借りてもいい? 実はお梅さんに字を教えてもらおうと思って」

「ああ・・・ いいよ。そこらへんから適当に持っていけばいい」

ほぼ徹夜仕事だったせいか、頭がうまく回らない藤兵衛はなんとなしに答える。

「ありがと」

凛は積んである本から適当に一冊抜き取ると、店へと戻っていった。
藤兵衛は一人になると朝飯を平らげ、疲れからかすぐに寝入ったのだった。

一方の凛は料理店の昼時が落ち着いた後、お梅婆さんの部屋にいた。
えりに言われたこともあり、いざ勉強をしようと思っても何から手を付ければよいのかわからない。それなら誰かから教えてもらおうと考え、真っ先に思いついたのがお梅婆さんだった。

「では、お梅さん。よろしくお願いします」

始めるにあたり、凛は深々とお辞儀をする。

「まあ、そんなに身構えなくてもいいさ。しかし、勉強したいとは感心だねぇ。これからの時代は、学問の心得がある方が何かと有利だろうからねぇ」

お梅婆さんはうんうんとうなずく。

「さてと、じゃあ読み書きから始めるかい。本は用意出来たのかい?」

「はい、これでお願いします」

ここで差し出したのが藤兵衛から借りてきた本であった。
中身を確認せずに持ち出したのが、間違いだと知らずに・・・

「どれどれ・・・」

お梅婆さんは差し出された本をめくると、しばし無言となる。

「凛・・・」

「はい」

「あんた、勉強したいってのは、こういう事についてなのかい?」

「はい?」

「確かにこういうのも多少は必要かもしれないけど、あんたにゃまだ早いんじゃないかねえ?」

「はいい?」

凛は何のことを言っているのかさっぱりわからなかった。
お梅婆さんが本を開いて見せると、凛は一瞬わが目を疑った。

「!!」

なんとそこには、男女がまぐわう姿があられもなく描かれているではありませんか!
そう、凛は間違えて春画本のほうを持ってきたのだった。

な、な、ななな、何これーーーーーーーー!

驚くのも無理はない。当時は『モザイク』という考えはなく、ダイレクトな描写が多かったのである。

「なになに、題名は『ゑ・論語』かい。・・・なるほど。『ゑ』がなきゃあ、四書ししょ五経ごきょうになるのかい」

パニックになっている凛に対し、お梅婆さんは春画本の表紙を見て冷静に論評する。やがて冷静さを取り戻した凛は、

「お梅さん、私、ちょっと用事を思い出しまして。申し訳ないのですが、勉強はまた今度にお願いしてもよろしいでしょうか?」

と語るが、目は笑っているものの怒りで爆発寸前であった。

「それは構わないよ。けど・・・ ほどほどにしとくんだよ。仕事が出来なくなるのは、ちぃと困るからね」

「はい、わかりました。ほどほどにし・ま・す・ね!

そうしてお梅婆さんの部屋をしずしずと出ていく。
しかし、戸を閉めた後は物凄い音を立ててどこかへと走っていった。
遠ざかっていく足音を聞きながら、お梅婆さんは愉快そうに煙管から紫煙を燻らせる。

「なかなか、面白い組み合わせじゃないかい。まぁ、全治一週間ってところかね」

この後藤兵衛がどんな目にあったかは、あえて語る必要はないであろう。

~あの人のことが知りたくて・完~ 次話へとつづく

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