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【長編小説】二人、江戸を翔ける! 1話目:始まり⑥

■この話の主要人物
藤兵衛とうべえ:主人公。隻眼の浪人で、傘張り仕事を生業としている。
りん:茶髪の豪快&怪力娘。ある朝、藤兵衛に助けられた。
お梅婆さん:『よろづや・いろは』の女主人。色々な商売をしているやり手の婆さん。
吉佐きちざ:町方役人の同心だが、悪い噂が絶えない。

■本文
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 あの日以来、は言葉通りに毎日弁当を藤兵衛の裏長屋へと持ってきた。
頻繁すぎるだろうと藤兵衛は遠回しに断ろうとするのだが、凛は店の余り物で作っていて捨てるのももったいなから丁度いい、と笑って取り合わなかった。

 いつしか藤兵衛も弁当が来るのが楽しみになってきた頃、その日の凛は少し様子が違っていた。いつもであれば弁当を持ってきたついでに適当な会話をするのだが、その日は弁当を置くとすぐに用事があると言って出かけて行った。

少し気にはなったが傘張り仕事の納期がせまっていた事もあり、そのまま仕事に精を出していた。

「ふう。何とか間に合いそうか」

気付くと既に日は落ち、辺りは薄暗くなっていた。

ぐ~~~

腹の虫が鳴り、弁当を食べていなかった事に気付く。
行灯に火を点け、湯を沸かした後に重箱の蓋を期待を込めて開けると、中には鮪に海苔をまぶした和え物や豆とこんにゃくの煮物が見え、思わず小さく歓声をあげる。

早速口に運ぶと、いつものように味は申し分なかった。
感謝しつつ頬張っていると、ふと重箱の高さがおかずの量に対して高めであることに気付いた。

不思議に思い調べてみると一番下の段が上げ底になっていることがわかり、取るとふみと木片らしきものが見えた。
文には「とうべえさまへ」と書かれてあり、嫌な感じがした藤兵衛はすぐさま読み始めた。

  とうべえさまへ

 とつぜん、こんな文をだしてすみません。わたし、あまりよみかきができないので、かなでかくことごようしゃください。

そこから始まる文には、自分の父親が殺されたこと、犯人捜しがろくにされないまま打ち切られたこと、父親は薬種店・越後屋で働いておりそこで殺された可能性が高いこと、仇を取りたい等が書かれてあった。

かな文字が多く稚拙な文面ではあったが、凛の決意が伝わってくる内容だった。文の最後は次の言葉で締めくくられていた。

 とうべえさんにあのときたすけられ、ものすごくあんしんしました。まるで、お父ちゃんがよこしてくれたようにかんじました。もしかしたら、かたきうちまでてつだってくれるのでないかとおもいましたが、そこまでごめいわくはかけられません。

いっしょにある、木のかけらはお父ちゃんのきていたきものにぬいこまれてあったもので、それがなんなのか、お父ちゃんのしとかんけいがあるのか、わたしにはよくわかりません。とうべえさんにあずけますので、もし、わたしがいなくなることがあれば、たまにはこれをみて、わたしがいたことをおもいだしてくれればうれしいです。
 これから、お父ちゃんのかたきをうちにいきます。
                                りん

(まじか・・・)

そう思い、手紙を折りたたむと同時に外から声が聞こえてきた。

「藤兵衛いるかい? 邪魔するよ!」

返事も聞かずに戸を開けたのは、いろはの女主人・お梅婆さんだった。

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(なんとか、ここまで来たけど・・・)

ここは向島にある薬種店・越後屋の屋敷。一人の少女が、屋敷内に忍び込んでいた。
何度も屋敷周辺を調べ上げ、その甲斐あってか人一人がやっと通れそうな隙間を以前に見つけ、今日もそこを潜り抜けて侵入していた。

以前忍び込んだ時も思ったが、この建物は中がはやたらと広い。住居用と思われる建屋が三棟、倉庫と思われる建屋も少なくとも五棟はある。それでも今日で決着を付けようと凛は意気込み、証拠となるものを探していた。
尚、凛の仇討ち作戦は次の通りであった。

一つ、密売品の阿片を見つけ出す
二つ、取引が記された帳簿を探し出す
三つ、それらを持って町奉行所へ駆け込み訴える

証拠を集めれば町方も本腰入れて動き出すだろうとの考えであったが、なんとも行き当たりばったりな作戦であった。

 あっちの建屋こっちの建屋へと忍び込んでは証拠を探していると、ふと特定の建屋に見張りが多いことに気付く。
そこにあると直感し、上手く見張りの目をかいくぐって侵入に成功する。倉庫の中は薄暗かったが夕方の陽の光が微かに差し込み、箱が多く積まれていることがわかった。

周辺に人がいないことを確認すると、凛は物音を立てないように慎重に箱の中を調べていく。そして、

(!! これだ!)

三つ目の箱で『つがる』と書かれた薬包を見つける。包みを解くと微量の白い粉が入っており、凛は阿片だと確信した。

(やっぱりここにあった。次は帳簿を・・・)

当たりを見つけ気が逸ったせいか、初めはそろそろとした作業だったのが次第に粗くなって物音を立て始めるのだが、凛は気付いていなかった。
後ろから人が近づいている事さえも・・・。

「また来ると思ってたぜ」

突然の声にはっと後ろを振り向くと、そこには吉佐と数名の男が立っていた。そして、凛は吉佐に見覚えがあった。

「え? あなたは、お父ちゃんの下手人捜しの・・・ なんで、ここに・・・ まさか!!」

気付いた時には時既に遅しで、男達に組み伏せられてしまう。声を出そうとするも当て身を受け、凛の意識は遠のいていく。
だが、吉佐が放った言葉は意識が遠のく中でもはっきりと耳に残っていた。

「そうさ。俺は、こっち側なんだよ」

つづく

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