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【NEW✨最新号】『#Tokyo発シガ行き➡︎』 "境界線、溶ける"by 月イチがんこエッセイ

 ♀ 凹 ♀
あの頃、円山町のたった5畳しかない北向きの、デリヘルの事務所なんかも入ってる猥雑で巨大な分譲マンションの417号室がわたしのシェルターであり自宅であり行きつけのClubだった。ドアをあけるとスペイン坂の宇宙百貨で買った安っぽい銀のキラキラの小さなミラーボールがいくつも連なったようなのれんがあって、一応そこを潜ってたった5畳しかない城に入る。タングスデンの小さなシャンデリアに灯を灯すと壁に貼ったヘドウイッグのポスターがこちらを見る。わたしはパライソのポスターでデコレイトした小さな冷蔵庫からZIMAを出して、静寂の中でその瓶に口をつける。静寂が好き。静寂の音が好き。舌を滑る炭酸の感触をそのまま喉まで持っていって、煙草を吸わないのにあまりに気に入ってしまって持って帰ってきた真っ赤なガラスのditaの灰皿を眺めた。完璧だ。それだけでこの空間にある世界は完璧。そんな感じ。外にはオーロラ色の雨が降っていて、あるようでないレコオドからプリシラのサントラが流れてくる。ふとポスターを眺めると、わたしと目があったヘドウイグが大きな睫毛をはためかせ、ヌッとわたしの飲んでいるZIMAに手を伸ばしそれ取り上げごくごくと飲んだ。それを眺めるわたしは「じょーじさんみたいだわ」と思う。そしておもう。じょーじさんて誰なんだろう。いまは知らない。だけどいつか、よく知るのかもしれない。

この場所はいつでも“どこでもない最高の調べ“だからわたしにはマンションの角にある妖しい水パイプの店やそれら植物の類は必要なかった。ヘドウィグのポスターとZimaと、エモーショナルなDitaのアッシュトレイがあって、薄暗いタングスデンで小さなシャンデリアがオーロラに凪げばこの世界はいつでも完璧だった。もう22歳になってしまっているのに、この猥雑な街の角の狭い牢屋で、泡沫のような夢を見ることくらいしかできることがないことをのぞいては….。

<冒頭抜粋>


装幀/長島佳之(mumumoon Design)
「#Tokyo発シガ行き⤴︎ 」 /月イチ がんこエッセイ
実はイーディには「June」のフレーズが2019年開業当時から店に貼られている。
奥の鏡に写っているわたしにも注目してもらいたい。
なにせ「境界線、溶ける」なのでね。笑

続きはこちら↓(pdfデータ)です。
DLしてそのままでも、プリントアウトしてでも。プリントアウトされる方は出力時に「レイアウト」を選択しa4に4ページくらいプリントできる設定にするのがオススメ。わたしはゲラ直しの時、そうしてます。


かの地震での被災もあって長らく絶版になっていたわたしのデビュー作「蝶番」〈2009〉と絶対に!ベストセラーになると思っていたのにふるわず、おそらく断裁されてしまった渾身作「誰かJuneを知らないか」〈2012〉が今月まとめて幻冬舎から電子書籍で発売されたということで、今月のエッセイは冒頭に「誰June」にちなんだエッセイを据え、中盤以降に、デビュー前に書いていた脚本「JUNE」——これがJUNEが出ていくまでの話となる/刊行された本はタイトルの通りいなくなったJUNEについての物語——を極短篇に起こして収録してみました。この前身物語を今年、完成したいなとも思ったのですが、JUNEの気持ちが主観で語られるのを避けたいわたしは、まだどうしていいかわかりません。笑
(脚本版はト書きと台詞とJUNEの語りでできているから行間の含みがあるんだな)

とはいえ冒頭のエッセイは22歳だった頃のじぶんを憑依させて書いたのでなんだかタイムトラベル感があってたくさんの”何か”を取り戻した気分です。
あの頃、2000年初頭というのはノストラダムスの予言も虚しく世界は続いて、アメリカでは9.11なんていう物騒なテロがあったけど東京はなんだかんだまだまだ平和で、平和の中にカルチャーがあり「なんだかこんなままでいいのだろうか」という病によって人々がDOPEな感じになっていた気がするんだけど、なんかこう2024年7月、乱世。2年前に日本で総理が殺されて、つい昨日、トランプが撃たれた。いよいよもうどこへいくかわからなくなってきた世界の真ん中で「そうそう愛を叫ぶのも困難に」なった今の東京を思うと、あの頃の我々のBlueは美しく凪いでいた。そんな感じがして、
自分が書いた小説ではありますが、あの頃の繊細すぎた我々の、文化や暮らしや、そこそこの病が、絹糸のように美しく見えます。戦争の真っ只中で人はこのように戦前前夜の宴を、桃源郷のように思い出すのでしょう。

JUNE-Vol.2"I heard you say"より/ by acco
祥伝社「Feel love」連載時の挿絵です。

🛒誰June☔️(Kindle版)の購入はこちらから!

こちらは単行本の装幀です。

刊行にまつわるエピソードはこちらご覧ください〜

それではみなさま「JUNE」の中で会いましょう。

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長く絶版になっていたわたしのデビュー作「蝶番」と2012年の渾身作「誰かJuneを知らないか」がこの度、幻冬舎から電子出版されました!わたしの文章面白いなと思ってくれた方はぜひそちらを読んでいただけたら嬉しいの極みでございます!