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ありふれた一杯、幸せの一杯

大学からの帰り道に一軒のうどん屋さんがある。
僕の住んでいる地域の人ならみんな知ってるような、どこにでもある普通のチェーン店だ。
僕はその店の"かき揚げ天うどん"を愛している。
だから、僕は"かき揚げの誓い"なるものを立てた。
その店ではかき揚げ天うどんしか食べないというものだ。
人に話すと意味がわからないと言われると思う。
大丈夫。
自分でも意味がわからない。
でも、かれこれ3年半くらい破られていないから愛は証明できたと思う。

…僕は何を言っているんだろう。


        ***


初めて食べたのは大学1年の6月頃だったと思う。
講義が終わってバイトまで時間があったので、腹ごしらえをしようと思って立ち寄った。
店内はこじんまりとしており、カウンターも5席ほどしかない。
お腹がすいていたので、メニューを見ていて目についたボリューミーな、かき揚げ天うどんを注文した。
店員が僕の席に運んできた時、まず、かき揚げ天に驚いた。
飲食店のメニューの写真と実物が少し違っていてがっかりした、なんて経験をした方は多いのではないだろうか。
今回はその逆だった。
メニューの写真よりも、それは輝いていた。
僕の頭の中には、昔何かの番組で見たヨーロッパあたりの貴族の王冠が思い浮かんだ。
うどんも昆布と魚介類の旨味が凝縮した小麦色のダシにコシのある麺が相まって、食欲をそそる見た目になっている。
かき揚げ天を箸で一口大の大きさに割く。それをダシにさっと浸してそのまま口に放り込む。その余韻が消えないうちにうどんを勢いよくすする。
あとは、これを無限ループ。
麺を食べ終わったあとはレンゲですくえなくなるまでダシを飲み干していた。
食後、1人で余韻に浸っていると初めてスタンドバイミーを見た後のことを思い出した。
見たことも行ったこともないのにどこか懐かしい、言葉では言い表せない何かを感じた。
多分これを感動するというのだろう。
胃よりももっともっと奥の、目には見えない、まさしく心を満たす一杯だった。


***


チェーン店では、マニュアルを作り味の統一化をしているとは思う。
だから、同じチェーンの別の店でもいいのでは?と思う方もいるかもしれない。
実は、僕自身その店のちょっと離れた場所のうどん屋でバイトをしている。
ほとんどホールでの接客だが、たまにキッチン業務も行う。
キッチンは基本同じマニュアル通りに作っているので、作り手によって大きな差が出ることはあまりない。
ただ一つ、"かき揚げ天うどん"を除いては。
大半のうどんメニューは麺を茹でた後、出来上がっている具材をのせ、最後にゆっくりとスープを入れたら完成。
だけど、かき揚げ天は違う。
具材の量、衣の量、揚げる時間、具材の入れ方など気をつけなければいけない事が多くある。
だからこそ、店により、作り手により、差が出てしまうのだ。
一度、バイト先の店長にそのお店のことを話した事がある。

僕   「あの店のかき揚げ天うどん食べたんですけど、めちゃくちゃ美味しかったんですよ!」

店長  「あぁ〜、あの店ね。 僕もあのかき揚げ    天うどんが好きでよく行くんだよ。」

うどん屋のプロがいうのなら客観的に見ても美味しいのだろう。まぁ、一言店長も負けないように頑張ってよ、と言ってやりたかったがそこは堪えた。僕も大人の端くれなのでね。


         ***


僕の就活にもうどんが関係している。
就活をしたことがある人なら分かると思うが、面接の最後に管理職のお偉いさんや人事の方に不安に思っていることや疑問に思っていることを聞く時間が設けてある。
普通、その時に「具体的な業務内容を教えてください?」とか「残業はどのくらいですか?」とか「仕事を行なっていく上で必要となってくる能力はなんですか?」とかそういったことを聞くと思う。
でも、僕は何を思ったか「僕の住んでいる地域とうどんのダシが違うので不安です。」と言ったのだ。
たぶん、不安に思っていたことがポロッと口から出てしまったのだろう。
今思うと、会社になんの関係もないし、相手からするといきなりうどんの話をされて意味がわからなかったと思う。
でも、馬鹿にしたり笑ったりするのではなく真面目に答えてくれた。
少し、いや、結構嬉しかった。
自分の好きなものを大切にしてくれたから。
調子に乗っていろいろなことを話した。
一人旅で香川のうどん巡りをしたことやうどん屋でのバイトのことや帰り道の一杯のことなど時間の限り話した。
面接後、楽しかったけど関係のない話ばかりしていたので落とされるんじゃないかと少し不安だった。
そんな不安を抱えながら約2週間後。
一通のメールが来た。
合格通知だった。
うどんは僕の人生まで変えてしまった。


         ***


僕は 4月から地元を離れて遠い見知らぬ土地で生きていく。
もう、この一杯を味わえる日々は来ないかもしれない。
洒落た一杯でなくていい。
高級な一杯でなくていい。
伝統ある一杯でなくていい。
等身大の幸せで、優しく僕を満たしてくれる。
そんな一杯に、また出会いたい。






最後に
僕はかき揚げ天うどんに限らず、うどんそのものが大好きなんです。
将来、一人暮らしをするときは炊飯器ではなく製麺機を買おうと思ってるくらい。

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