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「Neverland Diner二度と行けない大阪のあの店で』(スタンダードブックストア編)

Neverland Diner
二度と行けない大阪のあの店で
[スタンダードブックストア編]
(ケンエレブックス)

もう訪れることができないお店について、大阪を愛する人々が描く、懐かしさとぬくもりが詰まった9編のエッセイ集。

そのうちの一編、「小吸椀」(山本慎二さん)は、山本さんと義理のお父さんが訪れた鰻屋さんでのひとときを中心に、お父さんとの思い出を描いたお話です。

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『好き嫌いのないやつなんて、まったくおもろないな』(P.24)

当時、食べ物をはじめとして好き嫌いもなく、批判や評価など自分で判断することに尻込みをしていた山本さん。
好き嫌いは悪いことだと教えられ、嫌いなものもあったけれど乗り越えて、忠実に守っていたことをささやかな自慢と思っていた山本さんにとって、お父さんが溢したこの言葉は青天の霹靂だったといいます。

同時に、もっと本音で生きていっていいんだよ、と言葉の奥に隠された応援に心を動かされ、この人のようになりたいと思うようになったそうです。

そしてこのエッセイの終わりに。
山本さんは今この時を前にして、お父さんならどう思うだろうか、なんと言うだろうかと思いを馳せます。

『(略)心だけは、こだわらず、囚われず、伸びやかに生きたらどうや。』

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二度と行けないお店も会えない人も戻らない瞬間もひとりひとりにあって、それらは思い出され描かれて、ゆるやかに形を取り戻していきます。

他にも、夕日の美しい小さなドイツ料理屋さん、煮込み豆腐とレモンサワーが最高に美味しい居酒屋さん、レモンライスという焼飯が名物の学生街の喫茶店‥などなど。

きっと直接は会うことのない誰かの思い出にふれることで、気持ちがゆるりとほどけていくような、あるいは心の奥底で沈んでいる自分自身の思い出を浮かび上がらせてくれるような、そんなお話がぎゅっと寄せられています。

様々な目まぐるしさの中でちょっとひとやすみの気持ちで、ぱらぱらとめくってほしい一冊です。



この本は、天王寺駅と四天王夕陽ヶ丘駅の間ぐらいにある、個人書店『スタンダードブックストア』の中川さんが編集されています。
気がついたら時間を忘れてしまう素敵な本屋さんです。



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「光るとき」羊文学

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