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爆発的に多様性に触れた年

吐く息は白く、キーンとした空気に背筋も伸びるあの厳かな雰囲気は、日本独特の年末年始なのだなあ…と今、気温30度の日々が続き半袖を着ているマレーシアで、懐かしく感じています。去年はそこで過ごしていたはずなのに…気候は人の感情や気持ち、特に生まれ育った場所とその慣習を繋ぐ大きな鍵になっていますね。

わたしが日本を出たのは春、4月末。2020年から感染症で延期になっていた、人生最後のワーホリのため、カナダに向かいました。カナダではセーターにダウンを着る冬の装いに戻り、短い春夏秋を過ごし、また冬が来た頃、カナダから東回りで冬の欧州、常夏のアジアと旅を続けています。


2020〜2022年の3年間は、大多数の方と同じように、ずっと日本(それも人生初の地元就職)で暮らしていました。その前がニュージーランドに住んでいたので、その閉鎖的、後進的な差に愕然とすることも多々。ですがその一方で、自然災害の少ない、気候が温暖な地元でずっと生きている人たちの、のんびりしたゆるやかさも悪くはないなあ、と感じるようになりました。
そこからいくと、2023年は本当に火山が爆発したような、あらゆる多様性を痛感する環境に身を置いた一年でした。

新大陸(新世界)のカナダではあらゆる面で「世界のトレンドセッター」を感じつつも、プリンスエドワード島という古き良き時代の新世界がまだ残り、両面を見られる楽しい場所でした。住民がみんなフレンドリーで、知らない人との英語での会話に臆さず楽めるようになったのは、この島で暮らせたおかげです。
一方、同じ西洋文化でもアイスランド、イギリスで感じたのは、圧倒的な文化の成熟度。トレンドに流されない独自の美学をそれぞれが持っており、何を見てもうっとりしました。特にイギリス渡航は初だったため「これがあの○○か!」と感動することも多々。ただし、カナダのように知らない人との交流が容易ではなく、同じ西洋文化でも、英語話者でも、国でこんなにも違うとまざまざと感じ、ひとことで「欧米」と括れないと感じました。
初めての東南アジア、マレーシアとタイでは国の若さと熱気、勢い、成長を続ける都市とその裏に脈々と息付く地元民たちの雑多な暮らしが衝撃的で刺激的でした。ひとつの国家に宗教が共存するという点も然り。現地民の友人たち(NZで出会った)に案内してもらえたため、初渡航で割とディープな旅ができたおかげかも。


さて、そんな爆発的な多様性のある環境に身を置いたわたしが、2023年に学んだこと、感じたことは大きく4つです。



人に優しく寛容であれ

2023年の半分を一緒に暮らした、プリンスエドワード島のファミリーは敬虔なキリスト教徒。自分が持っているものを分け与え、多くを望まず、人に優しくするが見返りは求めない、そして寛容性(generosity)を持つ。そんな人たちと暮らす中、わたしたち現代人はあまりに多くを求め、自分自身にのみフォーカスし、他者への優しさや寛容性、思いやりを失ってしまっていると感じました。
10人に優しくしても、その優しさが自分に10返ってくることはありません。それでも、優しさは与えたことで失うものではなく、枯れない泉のように次々と生まれてくるものなので、惜しみなく与えるべきではないかと感じるようになりました。優しさはお金を与えたりかけることだけではないのです。自分が優しさを共有することで、周りが波紋のように優しい世界になっていく。ゆるやかでも着実なアクティビズム、社会改革です。




どこの場所にもいいところと悪いところはある

今回、旅も含めどこの国にも長めに滞在をすることができ、その中で美しい・楽しい・おいしいだけではない部分も浮き彫りになってきました。
わたしは感染症の際に「どこの国もそれぞれの問題がある」と感じ、今回カナダで暮らして、改めてどんな国や地域でもいいところ、悪いところはそれぞれあると痛感しました。以前は日本は嫌だ、海外で暮らしたい、と思っていましたが、今はそう思うことが大分減ってきました。もちろん、ニュースのアクセスすれば性被害、政治家の汚職…げんなりすることばかりですが、それが日本の10割ではない。これは3年間地元暮らしをしていた時に、全く刺激はないけれど、自分を取り囲む環境はおだやかでニュースの世界とは違うと思ったことにも関係しています。

結局のところ、すべてわたしたちの要求を満たすような、楽園のような国や地域はないのです。それを求めるのであれば、自分で動くー創らなければならない。小さなコミュニティからで構わない。これが今、わたしがぼんやりと感じている使命的なもののひとつです。


人は生きている限り永遠に学び続けることができる

上記ふたつのような抽象的な学びも多くあった2023年でしたが、初めての東南アジアは学びの連続でした。現地民の友人たちに案内をしてもらいながらそれぞれの国や民族の話を聞き、同じアジア人なのに全く知らなかった、その国のより深い像が見えてきました。
例えば、中華系マレーシア人の友人に案内してもらう際「中華系○○人と中国人って、ルーツが同じなだけで全然別ものなのでは?」感じ、わたしがいかに「中国」をぼんやりとしか捉えていなかったことが判明しました。
タイでは南部の友人が渡航禁止エリアまで連れて行ってくれ、仏教国タイの中でもムスリム文化が色濃い地域があること、また表面上はごく普通の地域なことに驚きました。(ただし軍隊による検閲、監視カメラなどはあり)

「外」の世界に興味を持ち、好奇心を持ち続けることで、知らなかった多くの事柄に触れられる。誰かが書いたことを読むのとはまた違った、自らの経験による知識の習得はわたしにとって人生の喜びです。


自分のアイデンティティ

新大陸、欧州、東南アジアと旅し、改めて自分のアイデンティティを強く感じるようになりました。
わたしはどう転んでも日本人で、東アジア人です。
昔は西洋文化に強い憧れを持っていましたが(今ももちろん大好きです)、自分の生まれ育った文化の独自性や特異性をもっと大切にしたい、と考えるようになってきました。


爆発的な多様性に触れた、愛と寛容、そして学びの1年でした。
2024年、これらが活かせますように。






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