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彼女とあの娘と女友達(あいつ)と俺とシリーズ

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男女の奇妙で複雑な性愛と、料理や食事を絡めた連作短編です。
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国際通りであいましょう

あらすじ 薄ぼんやりした日々をダラダラと過ごす『俺』は、ネットサービスに投稿していた画像をきっかけに、シングルマザーのインフルエンサーとつながりを持つ。彼女は【民族も父親もわからない子供を生みたい】と決意し、自然妊娠で実現したという、かなり印象的な経緯で母親になっていた。そんな彼女から、親子の写真を撮るよう依頼を受け、俺は少し戸惑いながらも撮影に出かけるのだった。 あらすじおわり  改装工事とやらで、駅はすっかり変貌していた。配管や梁もあらわな天井に、壁という壁を覆い隠

猫と祠とペットレスの女

 手のひらからあふれる大きさと重さ、そしてまだまだ失われていないハリを楽しみながら、俺は女友達の乳房を後ろから抱きしめ、うなじに唇をはわせる。 「だめよ……ふぅ……きょうは帰らなきゃ」  いつもの甘やかな吐息とは裏腹に、俺の手を振りほどく力の強さは、かたちだけの拒否ではない。わざわざ時計を見るまでもなく、俺もわかっている。女友達が身支度を整え、帰宅するまでの時間を考えると、もうすでに遅いかもしれないくらいの、そんなころあいだ。  俺は女友達の名前を知らない。  知っているのは

デラックスアップルパイとペットレスの女

 ん? 留守電?  名画座を出て携帯の電源を入れたら、久しくみていなかった留守電アイコンが表示される。これがテープレコーダの記号だなんて、もうわからない人のほうが多いんじゃないかとか、そんな思いをあえてひねくりまわしたのは、伝説的なマカロニウエスタンのロケ地を再現したドキュメンタリーの余韻を吹き飛ばした間の悪さへの、かすかな抗いのような気もしなくはない。  ただ、表示された固定電話回線の、それも03番号に はかすかに見覚えがある。  とりあえず、多少でも静かなロビーのすみへ移

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言葉が通じない怪獣の送りつける画像はすべて不愉快

 駅から高架に沿ってしばらく歩くと、いきなり視界がひらける。とはいえ、こんどは幅の狭い、掘割のような運河が行く手を遮っていた。そのまま川沿いに歩く、ろくに日も差さない高架とビルの間に比べれば、圧迫感がないだけでもかなりましだったが、潮と湿り気をたっぷりはらんで、おまけにすえたカビのような臭いまでふくんだ生暖かい空気が、ねちねちと体にまとわりつく。  相変わらず嫌な湿気だとぼやきたくなるが、口に出すまもなく橋がみえてきた。  渡ったすぐ先が目的地だが、たもとの掲示板が妙ににぎや

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幻冬舎ゴールドオンライン話題の本ドットコムにて、拙作「彼女とあの娘と女友達(あいつ)と俺と: 海辺の彼女編」の連載が始まりました。

幻冬舎ゴールドオンライン話題の本ドットコムの公募に応じたところ、めでたく本文審査も通過いたしまして、本日より掲載が始まりました。 毎週火曜日の更新で、全10話の予定です。 楽しんでいただければ嬉しく思います。 よろしくお願いいたします。 ネットで知り合った彼女が住む海辺の町へ出かけた俺は、下心をみなぎらせつつ駅前のロータリーに立つ。しかし、そこに彼女の姿はなかった……。 第1話 海辺の彼女とサザエのつぼ焼き https://wadainohon.com/shosetsu

無礼で非倫理的な路上写真の明けない夜明け Interminable Amanecer de la fotografía callejera sincera y no ética または、はかなくもしたたかな蒼氓と小賢しく横暴な大衆との間で

本作は単体でも十分にお楽しみいただけますが、note掲載の短編「時に俺は叫ぶよう感じる Falta de ocasión sexual」の続編です。 前編も合わせて読んでいただけると、より深く楽しんでいただけると思います。 1:夢の街 Ciudad de sueño.  駅向こうは再開発が一段落し、いちおう入居も始まっていた。引越し業者のトラックを避けて階段を登ると、マンションポエムのドリームランドに飲み込まれる。俺の全存在を拒絶するかのような公開空地の入り口で、芝居がか

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廃止されました

 ぶ厚い雲が低くたちこめ、きのうまでの暑さはいったいなんだったのかと思うほど、冷たく湿気を帯びた重い風が窓をきしませる。出勤途中はワイシャツに作業服屋の格安防水ヤッケでもちょうどよいくらいだったから、寒暖差はどれほどか?  退勤時間が迫ってくると、窓辺にスーツ姿の中年男たちが集まり、心配そうに空模様をながめたり、おぼつかないてつきでスマホをタッチし始める。彼らのようすを横目にしながら、自分も天気予報を確認したが、つい舌打ちしまうところだった。  画面には、夕方から夜にかけて

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言葉が通じない怪獣を撮影してもすべて不同意

 雨は降らなかったが、きょうも朝から重たい雲が低く立ち込め、梅雨明けはまだ先のようだった。  ゆっくりと、だが確かに明るさが失われゆく街頭の片隅で、それでも彼女のスマホはギラギラと、粘るように輝いていた。やたらに小さく体に張り付いた怪獣コラボカットソーに、大きなお尻をぴっちり包んだリブ編みのショートパンツは、やけに肌を露出してる割に、セクシーと言うよりは危なっかしさを漂わせてる。  その危うさを活かすよう腰だめノーファインダで構図を合わせながら、すれ違いざまにシャッタを切る。

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見切り品のお菓子と甘ったるいミルクコーヒーとデーツの午後

 窓の外、ひらひらと、なにかが飛んでいる。  蝶かな?  手を伸ばそうかと思いながら、頭の中でふるい映画のラストシーンが上映される。  ふわりと空気がゆらぎ、化学薬品が作り出した柔軟剤の臭気が顔にまとわりついた。  すぐぞばで人間の動く気配を感じ、モニタから目を離す。  誰かな?  ほとんど反射的に身をすくめてしまう。  べつにサボってはいなかったし、居眠りもしていない。いちおう仕事をしていたが、それでもなにか後ろめたい気持ちは消えない。なにしろ、育休代理のそのまた代打で、わ

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裏垢娘のシミュラークルと残念なチキンのクランベリーソースがけ

 都心から離れた私鉄駅の、故障したデジタルサイネージの薄暗い液晶には『調整中』の張り紙と、いらだちや不安や期待、そして欲望のどれひとつとしてごまかせない、中年男のあほうげた姿が映し出されている。複雑に反射するミラーシェードでまなざしに現れる単純な心理を隠しても、ソーシャルの『おさそい』につられてホイホイ出てくる軽くて頭の悪い人間に変わりはなかった。  やれやれと苦い笑いを自分にあびせつつ、そろそろスマホを取り出そうとストラップに指をかけたとき、液晶に反射される人影が近づいてき

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ジャンクなアートは身も心もむしばむけど、ジャンクな味わいは心の栄養

 赤と緑と金と銀のオーナメントがきらめくツリーの下では、にこやかに笑みを振りまくサンタとトナカイを乗せた模型の列車がのんびり走る。展示台の片隅には折り畳み傘より小さな三脚に据え付けられた、これまた小さなカメラと、撮影画像を表示するやたら大きなモニタが、きゅうくつそうに押し込められていた。年末商戦の目玉は各社とも動画機能を売りにした小型カメラだったから、売り場でもいちばんいいところでにぎにぎしく展示されていたのだが、カウンターの奥に「写真機商」の証書を掲げているような写真カメラ

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言葉が通じない怪獣とのやり取りはすべて不本意

 安売りとはいえ、牛すじのまとめ買いは失敗だったな……。  階段にぶつけないよう、指先に食い込む買い物袋をそぅっと持ち替え、踊り場から勢いをつけひと呼吸で、とりあえず部屋の前まで上がる。疲れて重いものをぶら下げているときには、決まって鍵束を取り落としていたんだよな。そんな記憶が指をますますこわばらせる。ふっとためた息ひとつ。買い物袋をコンクリの床へおろし、慎重にポケットを探って鍵をつかむ。指先に意識を集中させながら、大陸間弾道弾の発射装置を解除するような慎重さで、そっと、しか

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骨付き豚のソテーとクリスマスのステキなお知らせ

 別れ際のキスは、これからもういちど交わるのではないかと思うほどに熱く、情感がこもっていた。わざとらしいほど濃く、強い香水の香りをまといながら、それでも風呂のニオイがしないかどうか最後まで気にしていたのは、なにごとにも抜け目ない女友達らしい振る舞いだった。 「ごめんね、ダンナが『やっぱイブは家で過ごす』なんていっちゃってさ」  ディナーの用意が無駄になっちまったとか、ふたりぶんの食材をどうしようとか、そんなどうでもいい考えをうだうだもてあそんでいた俺は、なかばうわの空だった。

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言葉が通じない怪獣との性交はすべて不同意

 ターミナル駅の雑踏をぬるぬるとかいくぐり、こちらへ向かう小柄な人影が視界に入ると、不意にポートレート撮影の記憶がよみがえった。ファインダをつらぬいて俺の網膜を焼くかと思うほどに印象的だったまなざし、そしてシャッタを切る指先をからめ取るかのような表情の力強さが、やたら鮮明に網膜を駆け巡る。ところが、現実の写真は力強さよりも、むしろおさなさや無邪気さが前に出た、よくいえばあどけなくかわいらしい、悪く言えば未成熟で平凡な人物写真でしかなかった。  そんな、ちょっと苦い記憶だ。 「

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